POOL
プロフィール
Kumiko
Author:Kumiko
猫になりたい。
くわしいことはinfo
検索
ブログ内でさがす

Amazon内でさがす

さがしものはなんですか?
FC2 blog
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告  
草間彌生:魂のおきどころ
 草間彌生の作るものが、好き。
 だいぶ前に京都国立近代美術館でひらかれた「草間彌生展」を見にいって以来、わたしは彼女の作品に惹きつけられている。
 彼女は1929年の3月22日生まれで、もうかなりのお年だ。でも、年齢や性別、そして言葉さえも超越して、彼女の作品は心に訴えかけてくる。意味がはっきりとはわからなくても、自分がいまこの作品を見てどう感じて何を思っているのかをたぐりよせようとする過程そのものが、個人的にはすごくエキサイティングでわくわくする。
 友だちをふたりひっぱっていったのだけど、「美術館って堅苦しいところだと思っていた」人も、「こういう風に芸術を楽しむことができるなんて!」といい意味での驚きがあったみたい。

 「beyond description:言葉では表現できない」
 わたしにとって、草間彌生の作品はいつもこのフレーズで表現される。どのようにも見ることができるし、ファーストインパクトから時間がたつと、また違う面が見える。
 それは、草間彌生が彼女自身の「魂」を表現せんとしている気迫が、こちらにも(言葉では表現できないにせよ)伝わってくるからだろうか?

 彌生ちゃんは(彌生ちゃん、と心のなかでつい呼びかけてしまう)、幼いときから統合失調症をわずらっている。統合失調症の幻覚(幻聴や幻視)が、子どものときの作品から如実に反映されていて、もうそのころには、いまの水玉模様を基調とした作品の根っこができていたようだ。
 すこし話がそれるけれど、統合失調症の患者さんとお話したことがある。外来に初診で来られて、最初はそうと気づかずにお話をはじめ、だんだんと「あ、もしかして」と感じていたらやっぱりそうだったという人だ。独特の視点からお話をされていて、それは言ってしまえば「幻覚」ではあるのだが、「ああ、この人には世界がそういうふうに見えているのだな」と思うような経験だった。
 病気に対してこのような見方が良いのかどうかはわからない。少なくともわたしにとって、統合失調症の患者さんとの出会いはあるひとつの考えのヒントになったように思う。
 わたし自身が聴覚に関して、人と大幅にズレた音の世界にいるせいだろうか。いつのころか、次のように思うことが多くなった。「人は(たとえ病気や障害のない人でも)それぞれ違う世界にいる。病気や障害がなければ、そこの違いがふだんははっきりと目に見えないだけで、人はだれしもその人の五感を通して感じた世界しか持っていない」。
 そういう意味で、人は(人の魂は)どうしようもなく孤独だ。
 同時に、こうも思う。「その違う世界の差―どうしようもない孤独―を埋めるために、言葉があり文学があり、芸術がうまれ音楽や絵画や彫刻などがある」とも。
 言葉では埋まらないもの、芸術を見て感じるものの差、そういった「違い」はやはり根源的に残るにせよ、なにか「わたしが感じているこの世界を共有したい」という孤独な魂がなんらかの形であらわれた、そんな解釈もできるのではないだろうか。

 彌生ちゃんがどういう意図で作品を作っているのかを、わたしは知らない。孤独とか共有したいとかなんて、思っていないような気もする。でも、統合失調症の世界を知らないわたしに、彼女の目を通して見た世界はインパクトがあり、そして、ときに美しくすら思える。
 自分の魂を、このように昇華して結実させている彌生ちゃんは、病気であるとか健康であるかなんて関係なく、すごい。
 初めて彌生ちゃんの作品に出会ったとき、こう思ったことを覚えている。「麻薬や覚醒剤に手を出す人は、もしかしたら「見えない世界」を見たいのか、現実を見たくないのかもしれない」。
 世界と、自分の魂の関係性。
 この世界のなかで、自分の魂をどこにおくか。
 一生ものの、いわば命題だと思う。

草間彌生:魂のおきどころ
 松本市美術館の常設展示。平成20年5月11日(日)までは、常設展示室ABCを利用した特集展示となっている。
 松本市美術館
 時間:9時30分~18時(入館は閉館の30分前まで)
 休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合翌日)
      年末年始(12月29日~1月3日)
 ※4月28日、7月28日、8月4日、11日、25日、9月1日、8日は臨時開館
 ※5月12~19日は展示替えのため草間彌生展示室は休室
スポンサーサイト
2008.03.21 | Art: 芸術  
狩野永徳:チラシ狩野永徳:入場券夜の京都国立博物館
 「卒業試験が終わったら」を合言葉に、「行こう」と決めていた京都国立博物館の「狩野永徳」展。
 友人が仕入れてきた前情報によれば、「平日の朝いちに行っても、すでに200人ほど並んでいる」「行列がものすごい」という。夜間なら日中よりはましだろうということで、夜の20時まで開館している金曜日の夕方を狙って一緒に行ってきた。
 なお、ふだんは金曜日だけの夜間開館(20時まで・入館は19時半まで)であるが、現在、期間中の土曜日と日曜日の開館延長がある。
【京都国立博物館:開館延長のお知らせ

 国立博物館に入るのは、これがはじめてになる。
 お向かいの三十三間堂には何度も訪れているのに(大きな千手観音坐像を中心に、千体の千手観音立像がならぶお堂は圧巻)、国立博物館はいつも屋根をながめるだけだったのだ。

 いろんな意味で、夜の博物館もいい。
 人の数もたぶん日中よりは控えめで、18時半すぎに行ったら待ち時間なしですんなり入れた。
 なにより橙色の光に照らされた博物館の姿が美しい。入場ゲートをくぐると、思わずため息がもれてしまった。「狩野永徳」展が開催されている特別展示館は、煉瓦造りがすてきな洋風の建築で、明治時代に建てられたものだと、あとで知った。
 中に入るとそれなりに人はいるものの、絵がまったく見えないというほどでもない。ただ、絵が低い位置にあるので、休日の日中だと大混雑で見えないかもしれない。加えて目玉の「洛中洛外図屏風」や「唐獅子図屏風」の前には人だかりがしていて、「立ち止まらないでください」との係員さんの誘導もむなしく人の動きが少なかった。特に前者はものすごく細かいので、近寄ってじっくり見たいという人が多いのだろう。

 狩野派の起源は、室町時代にさかのぼる。
 室町幕府の御用絵師であった狩野正信を祖とし、室町・安土桃山・江戸時代のおよそ400年にわたって日本画の職業画家集団として活躍した。
 いまでも、二条城やあちこちの寺院に狩野派の絵を見ることができる。
 その狩野派の絵を、安土桃山時代を生きた永徳を中心に祖父の元信、父親の松栄の作品、狩野一門による工房としての作品をまじえて展示したのが今回の「狩野永徳」展である。ほとんどが失われてしまった数少ない永徳の作品(なかには初出展のものもある)を回顧しようという試みだ。
 狩野派といえば職業画家集団であり、壁画や扇、襖絵などを「仕事」として請け負った。そのため手本に沿って描くことが重視され、そういった背景から、狩野派の絵というのはどちらかといえばパターナリスティックで様式美を重んじるものが多い。
 時代が違うこともあり単純に比較はできないが、だからわたしなんかは金持ちの道楽として自由にのびのび描いていた伊藤若冲のほうが、実は好きだったりする。
 とはいえこの展覧会で見る永徳の絵は、パターナリスティックなだけではない、絵師としての気迫を感じるものもいくつかあって、見入ってしまった。
 大胆にして、かつ繊細。
 勢いのある筆致で描かれたと思えば、近寄ってみると存外に細かい細工が入っていたりする。たとえば菊の花弁がひとつひとつ絵具で盛り上がっていたり、金箔に金で文様を描いたり。
 個人的には、永徳の作品を後世になってから狩野芳崖が写生したという、「永徳筆天瑞寺障壁画図縮図」に興味をひかれた。墨でささっと写生され、うすく色わけされている。壁画の色づけを「金」「コン」「朱」などと書き入れているのがおもしろい。
 それにしても洛中洛外図屏風のこまかさはすごかった。
 永徳は48歳で亡くなっているそうなんだけれども、売れっ子画家で絵の仕事は山のようにあるし、こんなこまかい絵を描いて神経はすりへらなかったのだろうか……ものすごい集中力だと思う。

 そして医師国家試験のマークシート式模擬試験を卒業試験後の2日で解いて、学校に提出したあと見にいくという強行軍がたたって、かなりの眼精疲労があったのが残念。金箔をふんだんに使った豪華絢爛な絵、緻密な描写がなされた絵は、細かいところのくふうに釘付けになりつつも目がちかちかしてよく見られなかった。
 小さめのオペラグラスや双眼鏡を持参している人もみかけて、うまい手だなあと思う。持っていくと、いいかもしれない。

狩野永徳
 2007年10月16日(火)~11月18日(日)
 京都国立博物館
 時間:9時30分~18時(入館は閉館の30分前まで)
 開館延長:金・土・日は20時まで
 休館日:月曜日

【余談】
 NHKの視点・論点で画家の山口晃さんが「狩野永徳の美」について話されていたそうで、これがまた軽妙な語り口でおもしろい。
 一言一句もらさずそのままで文字に起こしてくれているので、要約ではなく読めるのがいい。
 http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/5386.html
2007.11.02 | Art: 芸術  
北欧モダン:デザイン&クラフト(作品目録)北欧モダン:デザイン&クラフト(チラシ表)北欧モダン:デザイン&クラフト(チラシ裏)

 卒業試験の期間中だけど、たまにはガス抜きをしないと腐ってしまう!とばかりに、大学の友だちと一緒に秋の京都市美術館まで足を運んだ。
 朝から雨が降っていて、気温もほどよく秋を感じさせるくらい。

 北欧にくわしいわけではないのだけれど、映画「かもめ食堂」のゆる~い雰囲気、マリメッコ (marimekko) のかわいいデザインなど、北欧という言葉には「なんだか、いいな」という印象を前から持っていたんである。
 のぞいてみれば、人の入りもそんなに多くはなく、ゆったりと見られるいい感じの展示で。
 思わず物欲を刺激されてしまう数々の家具や食器や、さまざまな生活用品。家具のなかでも椅子が多く、ゆったりと座れそうなソファや寝椅子から、機能的なものまでどれもおしゃれなデザインで見入ってしまった。どれも座れないのが残念なくらい、いいなあと思うのだけど、とくにエーロ・アアルニオ作の「椅子「ボール」または「グローブ」(球)」 (Ball Chair) というのが好き。まるい球体につつまれる形のソファで、座るとすっぽりと球体の中に収まる。
 北欧といえば「ムーミン」のトーヴェ・ヤンソンも忘れてはいけない。ムーミンの原画をはじめて見て、ムーミンってトロールだったんだ!と衝撃を受けた。知らなかった。
 他にも、アルヴァ・アアルトがデザインしたサナトリウム(結核療養所)の家具だとかを見ると、北欧のデザインは機能的なだけではなく「心地よい暮らし」を提供することに心を砕いているのかな、と感じた。
 北欧のひとたちは冬のあいだ家ですごす時間が長いから、家具にこだわるのだと昔聞いたことがある。
 なにかのヒントになりそうだ、と思いながら、展示会をあとにした。
 (そしてそのあと、卒業試験の勉強会に突入)。

【北欧モダン:デザイン&クラフト】
 2007年9月15日(土)~10月21日(日)
 京都市美術館
 開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 休館日:毎週月曜日(祝日の場合は開館)
2007.10.08 | Art: 芸術  
フィラデルフィア美術館展
 京都の夏は暑い。
 市美術館から見える平安神宮の大鳥居は朱色に燃えて、アスファルトの地面がじりじりと焼けつく音が聞こえるような気がする。
 そんななか、友だちと一緒に「フィラデルフィア美術館展」を見にいってきた。
 春にも、「大エルミタージュ美術館展」を彼女と共に訪れている。
 その大エルミタージュ美術館展や、オルセー美術館展、昔に見たゴッホ展の混みぐあいから「印象派の展覧会は混むのかな」と思っていたけれど、意外なことにずいぶんと空いている。普通にしていれば人にぶつかることもなく、ゆっくりと見ることができた。
 ……やっぱり、暑いと外に出る気がしないのかな。

 「フィラデルフィア美術館展」の副題は「印象派と20世紀の美術」で、コローやクールベの写実主義からはじまり、印象派、ポスト印象派、キュビスム、エコール・ド・パリの時代、シュルレアリスムと経てきて現代美術に至るまでの流れで構成されている。
 意図しているわけではないが、わたしが心をひかれるのは、この「写実派~現代美術」にかけての作品が多い。
 (もっとも、見ているのもその時代のものが多いのだけれど)。
 そのなかでも今回とりわけ印象に残ったのは、ジョアン・ミロの「月に吠える犬」だった。小さなプレートに添えられていた「そんなことは知らないよ」という文章も。
 そんなことは知らないよ。でも犬は吠えるのだ、なんて。
 コンスタンティン・ブランクーシの「接吻」もおもしろい。このひとはどういう風に世界を見ているのか、とても気になる。極限まで単純化された彫刻。兵庫県立美術館のコレクション展にも、彼の「新生」という作品があって、金色のつやつやした卵のようなそれがすごく好きだ。
 他の絵も、ひとつひとつおもしろさがあって、見ていて楽しかった。
 ゴーガン、ロダン、マティス、キリコ。
 なにより驚いたのは、ピカソの「3人の音楽師」。
 このフィラデルフィア美術館展を訪れる前日、冒頭の彼女も含めて、高校時代の友人3人が神戸に集まった。わたしと、彼女以外にもうひとり。そのもうひとりが5月にニューヨークに行き、MoMA(ニューヨーク近代美術館)で「おみやげに」と絵はがきを買ってきてくれた、その絵はがきが「3人の音楽師 (Three Musicians)」だったんである。
 MoMAとフィラデルフィア美術館のものでは、微妙に違う。
 違うのだが、偶然の出会いに驚き、うれしくなった。
 また、この「3人の音楽師」は、ギョーム・アポリネールの死を追悼したものらしい。アポリネール!
 高校時代、フランス詩にかぶれて、もちろんアポリネールのものもいくつか読んだ。なかでも「ミラボー橋」がお気に入りで、「3人の音楽師」を見たとたん冒頭の一節が頭に流れる。
 ミラボー橋の下を セーヌ川が流れ
 われらの恋が流れる
 わたしは思い出す
 悩みのあとには楽しみが来ると

 (後略:堀口大學 訳)

 面白い展覧会だった!
 京都は暑かったけれど。
 この暑さも悪くない、かもしれない。

【フィラデルフィア美術館展】
 2007年7月14日(土)~9月24日(月・休)
 京都市美術館
 開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 休館日:毎週月曜日(祝日の場合は開館)
2007.08.10 | Art: 芸術  
2007年度 コレクション展 I (兵庫県立美術館)
 兵庫県立美術館では、開館5周年記念として「特集展示:ロダン以後―彫刻大特集」と銘打ったコレクション展が開かれている。
 彫刻特集のほか、「現代の美術」「版画と写真」「近代の美術」のコーナがあり、おなじみ「小磯良平記念室」「金山平三記念室」も健在だ。
 コレクション展は、もう2度くらい見ているから「あ、また会ったね」という作品もある。新宮 晋の「雲」は、見るたびに心地よい気分につつまれ、なんだかよく晴れた日に雲をながめているような感じがするのだ。ぼうっと、ながめているだけで、なんともいえずシアワセになれる。すごくいい。
 「はじめて会ったよ」という作品もあり、なかでもツボに入ったのは吉村益信の「豚・pig lib;」という作品だった。見た瞬間、目がくぎ付け。おもしろい!どういうふうにおもしろいのかは見てのお楽しみ。
 コンスタンチン・ブランクーシの「新生」は、友だちとふたりしてながめて「なんだろね?」と頭を悩ませ、解説の紙を見てもう一度見て「ああ!」と腑に落ちるおもしろさがあった。
 たくさんの作品があるので、全部見るのには2時間くらいかかってしまったけれど。

 兵庫県立美術館のすてきなところは、一部の作品について、解説の紙を置いてくれているところ。それも、かなり詳しく書いてあるので、ひととおり先入観をもたずにながめてからもう一度読むと、楽しい。
 子どもむけのプリントもあり、あまりにもいい感じだったのでもらってきてしまった。「作品を楽しんで見よう」というコンセプトが感じられ、見ているだけでわくわくする。
 童心に返って、「なんだろう?」と考えながら見ると、新しい世界が見えてくるかもしれない。

【2007年度 コレクション展 I】
 2007年3月17日(土)~6月24日(日)
 兵庫県立美術館
 開館時間:10時~18時/入場は17時30分まで
      特別展開催中の金・土曜日は夜間開館
      (10時~20時/入場は19時30分まで)
 休館日:月曜日(ただし4月30日(月・祝)は開館、翌5月1日(火)休館)
2007.05.02 | Art: 芸術  
上に戻る 過去のエントリーを見る
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。