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 バルラハの作品は、絵にしろ彫刻にしろ版画にしろ、そこにある肉体―生命の力強さと神秘を感じさせてくれます。荒削りな素描、緻密な線画、重厚感のあるフォルム、それらはさまざまな形態を持っていますが、いずれも「人間」(あるいは「人間性」)というものに真摯に対峙しようという意思が感じられました。
 人間性の深いところを掘り起こそうとするようなバルラハの作品は、特に彫刻で、人間でありながらも神聖なもののように感じられたのが興味深かったです。

【ERNST BARLACH エルンスト・バルラハ】
http://www.ernst-barlach.de/
2006年2月21日(火)~4月2日(日)
京都国立近代美術館
入場時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
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2006.02.24 | Art: 芸術  
プーシキン美術館展
 印象派の時代を中心に、シチューキンとモロゾフのふたりが19世紀末から第一次世界大戦までの短い期間に集めた近代絵画の名作たちが、国立国際美術館に展示されます。
 マティス、ピカソ、ルノワールなどの近代絵画の代表者たちの絵が、一同に会するまたとない機会でした。

 それにしても、印象派の絵を見るたびに色がもつ記号性を感じます。
 また、同時に線が持つ記号性も。

 特に気に入ったのは、一連の版画でした。ロートレックを含む石版画が、小品だけど個人的には魅力的だと感じました。

【プーシキン美術館展 シチューキン・モロゾフ・コレクション】
2006年1月11日(水)~4月2日(日)
国立国際美術館(大阪・中ノ島)
入場時間:午前10時~午後5時 金曜日は午後7時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日
2006.02.22 | Art: 芸術  
Amazon.co.jp:ホテル・ルワンダ
 「夕方から雨になるでしょう」と告げていた天気予報がひっかかって、好天にもかかわらず出掛けにかばんの中へと放り込んでおいた折り畳み傘が役に立ちました。
 時間は夜の8時。近鉄東寺駅ちかくのこぢんまりとした映画館を出ると、6時前に入ったころには晴れていたのに、外は雨。
 友人のKとふたりで傘を広げ、夜の雨の中を九条を東に、そして烏丸を北に、京都駅まで肩を並べてただ黙って歩きました。つい先ほど見てきた映画のせいで、ふたりともすっかり魂が抜けたように放心状態だったから、その沈黙は雨の音や車の音や人の足音と混じって心地よく流れていた気がします。

 アフリカのルワンダを舞台に、ふたつの民族の対立をめぐって起きた内戦が、ホテルの支配人である男性の目を通して描かれます。

 急に空腹を思い出して駅ビル内でごはんを食べながら、わたしたちふたりが映画とルワンダのシビアな現実に対して出した答えは、自分の道をいく、ということでした。
 というより、そういう生き方しかできないと言ったほうが正しい。銃口に泣き叫ぶ人のいるところまで、飛んでいくことはできない。また、自分の身を切るような支援もできない。募金すればいいのか?署名を集めればいいのか?軍隊を送ればいいのか?
 だから、結局自分が自分の日々を生きるしかない、と思います。
 自分のやれる範囲のことをやるしかない。
2006.02.22 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:ミュンヘン
 いつもの病院で診てもらったついでに、病院から15分ほども歩けば行ける映画館までてくてくと足を伸ばしました。
 ずっと気になっていた映画、「ミュンヘン」目的です。平日の、それも雨の月曜日の昼下がりだからか観にくる人も両手の指で数えられるほどで、採算が取れるのかなどと余計な頭まで働かせつつ、チケットを買ってシートにすっぽりおさまったのでした。

 きっとわたしの心臓は、間違いなく今日という日の15時20分から18時10分までのたった3時間足らずの間で、最低1か月分くらいは飛び跳ねたに違いない。ホラーやグロ画像の類でもほとんど動揺しない心臓が、です。そういう映画でした。どういう映画か、なんて突っ込まないで。
 そんな映画だったんです。更にわけがわからない。

 誰かが "I am true." といえば、対立する別の誰かも "I am true." という。

 本当に正しいのか。正しかったのか。誰が正しいか。
 誰にもわからない。多大な人的被害を出したとしても、正しかった人たちにとっては正しい行いとして認識される。そしてそれを認めない人たちによって報復がなされる。そこには利害や政治や宗教や、さまざまなものが絡んで、事態をよりいっそう泥沼化させてしまうだろう。
 そもそも「正しいと思っている」…果たしてそれは自分の意思なのか?正しいと思うその気持ちはだれのものなのか。

 誰もが自分の守りたいものを守り、自分たちの意思で動いているようであって、実はすべて歯車のひとつなんじゃないか。
 すべては、その結果のもとへ収束するだけ。
 そんな気がして(わかりきっていたことだろうに)、鉛を飲んだような体の重さを抱えて劇場から退出。
2006.02.20 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:ギミー・ヘブン
 共感覚、という言葉を知っているだろうか?
 英語では "synesthesia" (シネスシージア)といい、語源は "syn(共に)" と "aisthesis(感覚)" である。
 共感覚とは、一般的な健康状態にある人がひとつの感覚に付随して別の感覚を生じることで、たとえば音を聴くと色が見える、ご飯を味わうと顔がちくちくする、匂いを嗅ぐと音が聞こえる、など、ある感覚を生じると連動して別の感覚も動かしてしまう。
 そういった感じ方をする共感覚者は、2万5千人にひとりと言われている。

 『ギミー・ヘブン』はそんな共感覚者を軸に、物語が進行するサスペンス・スリラー映画である。

 感想?言葉は悪いが「クソッタレ!」だ。決して内容がクソ(失礼)なんではないが、いまいましい。
 世界が自分と同じように見えていると思えるシアワセな(あるいは不幸せな)人たちは、もしかしたら「わけのわからなさ」とともに衝撃を受けるかもしれない。自分の知らない世界を、ヴィジュアル的に見てみたいのなら、どうぞ。

 『ギミー・ヘブン』は邦画で、英語の題がない。が、わたしは "Give me heaven" とそれを読んだ。解釈はさまざまだろうけれど、そんなヘブン(天国)なんかごめんだね。
 薄皮一枚隔てた孤独と非日常の恐怖。そこから抜け出して、同じ「ように」世界を見る人と出会うことが天国というなら、それは…救いようがない。事実、救われない。 反面、あるひとつの真実を示してはいるものの、本当にクソみたいだ。傷の舐めあいでしかないし、それはまさに自分の死―天国、だと思う。
 登場人物は時に背景から(まるで合成写真のように)浮かび上がり、そして日常という背景に沈む。恐怖だよ!安っぽいホラーより怖い。血、いとも簡単に登場人物が死ぬこと、それらはただの記号にすぎないだろう。

 引きずられるかと思った。
 だけどそれが何だ?自分しか見えない世界で結構。
 それでもわたしはこの世界で生きているのだし、他人と共有はできない世界だけれども、どうにか一緒にやっていける。そして何よりも人が好きだし、人を愛することができる。
 それでじゅうぶんじゃないか?たとえ世界がニセモノだとしても。

【ギミー・ヘブン】
 http://gimmy-heaven.com/
2006.02.13 | Movie: 映画  
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