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Amazon.co.jp:Takes and Mistakes
―Twelve Short Tales of Life,
Language and Culture in Japan and America


 Daily Life・Language・Cultureの3つのカテゴリに、それぞれ4つずつ、全部で12本の短編がおさまった短編集。帯には「洋書デビューにこの1冊!」と大きく書いてあり、NHKの「新基礎英語3」で連載していた「ケイトの日米比較」から12本を選りすぐって本にしたものだそうだ。

 文末に語注がついているのもあってか、中学生までの英語の知識で難なく読める。洋書入門というばかりではなく、英語の感覚をつかむのにもぴったりな1冊。わたしは『ハートでつかむ英文法』を読んですぐに読み始めたので、よりいっそう楽しく読めた。

 ところでこの本、英語も文章もシンプルでわかりやすい。だからこそすんなりと心に入り込んでくる面白さがあった。
 言ってしまえば日本に来てびっくりしたこと、これは同じだねなんてこと、そういった日米の比較をつづっているのだけれども、日本人があたりまえに思っていることを著者であるケイトさんは「いったいなんで? ("Why on earth ~?")」と問いかけてくる。その視点が面白くて、英語で読んでいるにもかかわらず、クスっとしてしまうこともしょっちゅうだった。
 アメリカ人であるケイトさんの視点を通すことで、日本についての新たな発見にも満ちているのがこの本の面白いところ。
 ゲーテの言葉に "Wer fremde Sprachen nicht kennt, weiss nichts von seiner eigenen." (外国語を知らないものは自国語について何も知らない) というのがあるけれども、まさにその通り。言語に関してだけではなく、文化、生活など、自国にいるままでは見えてこない自分の国の姿というものはある。

 12の短編だけではなく、あとがき(Postscript)までぜひ読んでほしい。
 特に何かをカンペキにやらなきゃと、失敗することを恐れている人にとって、この本はひとつの指針を示してくれるかもしれない。タイトルの "Takes and Mistakes" の通り、この本は著者のケイトさんが日本に来て「やっちゃった!」間違いと、そこから得たものたちのコレクションである。

"I could never have experienced
all my takes and mistakes
if I had stayed in the U.S." (Kate Elwood)

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2006.03.24 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:クレーの絵本
 パウル・クレーについて、「強烈さはなく、静か」とその絵を見たときに思った。

 谷川俊太郎氏の、ひらがなで書かれた詩が静かにその絵に寄り添う。
 この絵本は孤独と静謐に満ちており、読んでいると静かにその世界に沈みこんでゆく。まるで、とけていくかのように。とける、とは、溶ける 解ける 融ける などの、いろいろな「とける」だ。

 わたしたちの魂はひとりひとり違っていて、どうしようもなく孤独だ。
 けれどもわたしたちはひとりで生きているわけではない。だから寂しくない。
 クレーの絵と、谷川俊太郎のことばは、わたしたちの孤独な魂に寄り添ってくる。
2006.03.19 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
 第三次大戦後の放射能灰に汚染された地球を舞台とし、精密なアンドロイド、火星への移住などのSF要素がふんだんに盛り込まれながらも、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はSFという枠にとどまってはいない。

 SFでありながらも「人間とは何か?」という問いを、人間とほとんど区別のつかない精密なアンドロイドという要素を用いることで、ディックはわたしたち読み手に突きつける。
 すなわち、端的に言えば「自分はアンドロイドか、人間か?」
 わたしたちは普段自分が人間と信じて生きており、その信奉のために人間だということを意識すらしないし、人間としてこの世に在ることを許されていると疑いもしない。だが、それは真実だろうか?真実であるかのように装った偽物かもしれないものを、いともたやすく信じ込んでしまっているだけではないのか。

 その問いをえぐりこんでくるのは、アンドロイドだけではない。
 人間自身もそうだ。人間でありながらも遺伝子的・知能的に不適格者の烙印を押され、人類の未来の担い手となることを拒否されて火星への移住を許されない「特殊者(スペシャル)」もまた、アンドロイドのように人間であることを否定された存在である。
 また、「神」という存在が人間のもつ共感能力の証明として、人間のよりどころとなっていることにも注目できる。その神がなにものであったか、も。

 単なるSFとしてはやや序盤が冗長だが、そこを超えて山場に差し掛かると息もつかせぬ展開を見せる。
 読み手によって評価はさまざまだろうと予測するけれども、SFという舞台をうまく活用した作者に喝采を送りたい。
2006.03.19 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:コーヒー&シガレッツ
 ジム・ジャームッシュ監督が10年以上かけて録りためた、コーヒーと煙草に関する11のショート・ストーリーズ。
 小品で構成された映画としては秀作とはいいがたく、人によっては佳作の評価を出すのもためらわれるかもしれない。しかし、ゆったりとコーヒーでも飲みながら、くつろいだ格好でDVDで見たい映画。フィーリングが合えば、ハマる、かもしれない。もしかしたらわたしもその一人かも。
 (ただし、煙草は吸わないほうがいい、と一応医学生の立場からは言っておこう。実は1年ほど喫煙者だった時期があるんだけど、ね。完璧に禁煙しました。のどを痛めるし、食欲はなくなるし。この映画を見て、煙草に手を出しちゃダメよ)。

 登場人物たちはコーヒーを飲み、煙草を吸いながら会話する。
 11のストーリーのいずれもが、表面上は和やかに会談しながらも、ほんの少しの緊張感をはらんでいた。コーヒーを飲み、煙草を吸い、少しだけ息をつく。たわいのない会話―だけどその中にいろんなものを内包しながら、コーヒーと煙草が人と人との間の関係をつなぐ。

 "Cheers!"

 コーヒーのカップを合わせ、彼らは乾杯する。
 ひとつひとつは確かに小品だし、大きな魅力があるわけではない。本当に日常の、少しの緊張感と少しのリラックスが映し出され、なぜだかちょっとニヤリとしたくなった。
 人生の、ほんの小さな刺激に乾杯。人生を楽しむスパイスが、そこにはある。
 
 個人的には11のストーリーのうち、ふたつのストーリーでミュージシャンが「医者だ」と言っているのがおかしかった。音楽と医学の関係性!これは注目したいね。
2006.03.19 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:フル・モンティ
 「さえなくてどうしようもないダメオヤジ」×6人。
 舞台は不況のイギリス、失業のうえに離婚、息子の親権を妻にとられそう、息子には「少しは父親らしくしてよ」と言われ、しかも真っ当に働く気ほとんどナシのどうしようもないオヤジ、ガズは息子の親権のために一攫千金を夢見てストリップショーを思いつくが……。

 真っ当に働けよ!とガズになんどもツッコミを入れたくなったけれど、これがけっこう楽しい。
 カラダに自信がなくて妻との夜の営みができないおデブちゃん中年、何にもできないけれど下半身にだけは自信のある青年、マザコン、妻に失業を言えないまま半年経過してしまった中間管理職、ホントさえないオヤジたちばっかり。

 だけど、いろんな殻を脱ぎ捨てて "FULL MONTY (すっぽんぽん)" になっちゃったら、怖いもんなし!
 さえない中年ダメオヤジーズなのに、なぜだか愛しくなってしまう。
2006.03.18 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:ロレンツォのオイル 命の詩
 実話をもとにした映画。
 5歳の少年、ロレンツォ・オドーネは副腎白質ジストロフィーというきわめてまれな遺伝性の疾患を発症する。それまでの研究では、絶対に助からない……2年のうちに必ず死ぬ、と言われている病気だった。
 ロレンツォの両親であるオーグストとミケーラは、ひとり息子に降りかかった突然の死の宣告とでも言うべき難病に打ちひしがれながらも、医者にも見離された息子を救うために、まったく知識をもたない素人にもかかわらず病気についての研究を始める。

 オーグスト役のニック・ノルティと、ミケーラ役のスーザン・サランドンの演技に鬼気迫るものがあり、見入ってしまった。

 見る人によって、抱く感想や得るものはそれぞれ別にあるだろう。
 感動した、医者の態度に辟易した、親という存在について考えてしまった、などなど。

 それは映画そのものに限った話ではなく、なんにでも言える。
 たとえば「副腎白質ジストロフィー」に対しても。
 親の視点、医者の視点、看護師の視点、当事者の視点。それらはたがいに交錯しあい、ときにぶつかり合う。ある親と別の親での対立があるかと思えば、夫婦のあいだでも意見の対立を見ることもある。医者・科学者の視点は病気の子供をもつ親の視点とはズレが生じている。

 しかし、ズレていることそのものはさほど重要ではない。なぜならズレが存在しているのは当然のことだからだ。
 問題は、いかに知るか。
 これがわたしの視点だ。

 それにしてもロレンツォを救いたいオーグストとミケーラの一心が、この映画の中でたどっていく運命は本当に圧巻だ。オーグスト・オドーネ氏は現在、副腎白質ジストロフィーの進行によって失われたミエリンの修復というプロジェクトに取り組んでいる。

【The Myelin Project:ミエリンプロジェクト】
 http://www.myelin.org/

 多くの人々が夢をかなえられないのは、最初からできっこないとあきらめていることもそのひとつの原因だろう。やらなければ、できるわけがない。しかし、どんなに無謀な道であっても挑戦が活路を開くこともある。
 一歩を踏み出す勇気。歩み続けていく勇気。勇気が勇気を与える。
 オドーネ夫妻が超人的ではなく、ただ人間のひとりとして描かれているのがまた素晴らしい。
2006.03.16 | Movie: 映画  
● LOVERS
Amazon.co.jp:LOVERS
 9人の女性作家による、9つの恋愛小説を集めたアンソロジー。

 買って読んだ友達が、「うーん…微妙」と感想をもらしていたのを聞いて、じゃあどんなもんだろうと借りて読んでみたところ、わたしも「ああ、うん」みたいな微妙な言葉が漏れてしまった。

 悪くはない。恋愛体質の女の子なら、夢中になって読むかもしれない。息をするように恋をして、恋すること自体がひとつの意味や目的になってしまっている人だったら、自分の恋愛が世間とズレていると感じたことのある人なら、胸に迫るものがあるかもとは思う。
 9人の作家が9つの、シチュエーションもそれぞれ異なる小説を書いているはずなのに、なぜか受ける印象がわりとどれも同じなのには少し驚いた。シチュエーションも文体も(大して差異はない気もするが)、それぞれの物を持っているのに、どれも恋愛に関してどこかしらはみ出てしまった人たちを描いているせいだろうか。

 9つの中では、島村洋子さんの「七夕の春」が自分的にはいちばん好きだった。
 平凡な日常の中のさりげない心の動きが描かれていて、自分はこういうものが好みなんだなあと感じる。けれど、それにだって日常のなかにうずもれて、やがては忘れていくほどの印象しか持たない。
 きっとそれはいまの自分のベクトルが、恋愛にどっぷりという方向には向いていないから。

 逆にいえば、いままさに「恋している」人のためのアンソロジー。
2006.03.15 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:イン・ザ・プール
 舞台は総合病院の地下にある神経科。
 そう聞いて、辛気臭い医療モノかなんて思っちゃいけない。
 ここに訪れる人たちは、神経科の患者の常でみんなどっかヘン。

 だけど、医者はもっとヘンなんである。

 伊良部一郎、中年の色白デブ。
 精神科医のくせに、マザコンでロリコンで注射大好きで本能のままに生きている。
 「こいつ、本当に医者か?」
 ただのバカじゃないだろうな?なんて思いきや、意外と的を射ていたりもする。

 自分よりもっとヘンな医者を見て、患者はあきれたりイライラしたりしつつも、ちょっとだけ安心してそれぞれの生活におさまっていくのが愉快な小説。

 余談だけど、この文庫の装丁をどこかで見た事があると思ったら
 これ:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000003TA4
 に似ているんだった。Nirvana の "Nevermind" ってCDのジャケット。
2006.03.13 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:パッチ・アダムス
 実話を元にした映画。町医者として12年間、15万人を越える患者を無料診療したハンター・アダムスを描いている。
 自殺未遂で精神科病棟に任意入院したパッチは、人を救うことに生きる意味を見出し、医者を志す。
 医学生や、医者を目指す人にぜひ一度は見てほしい映画。

 それにしても、声を大にして叫びたい。

 サイコー!

 病院をエンターテイメントの舞台にしてしまうパッチ、愉快。エンターテイナーの医者、いいじゃん。多くの人が「すごいね」って言いながら、「でもわたしにはできないな」って言いそうだけれども、それはパッチ・アダムスの心とは違う。

 そう、心、ハート。
 エンターテイメントもアートもサービスも医療も、ハートだ。
 きれいごとだ、ってナナメに見る人もいるかもしれないけれど、きれいごとでいい。きれいごとを「きれいごとだから」とあきらめる気持ちは、わたしは持ちたくない。
 パッチ・アダムスは医者だった。入学したときから、医者のハートを持っていた。でも、パッチ・アダムスだけがそうじゃない。医者の免許を持っていなくても、人をいたわる気持ちのとき、だれでも医者であれる。

 そんな「おカタい」話は抜きにしても、楽しい。
 「権威ある」人たちがぞろぞろ、大股おっぴろげた足のモニュメントのあいだにあるドアのなかに吸い込まれていく様子に腹を抱えて笑い転げてしまった。権威だって女の股から生まれたんじゃん、っていうかそこに入ってくしね!あー笑った。

 笑いだけじゃない。けれどもそれは見て、感じてほしい。

 うん、医者だ。
2006.03.11 | Movie: 映画  
パウル・クレー展
 パウル・クレーの作品に対する最初の印象は、「印象が定まらない」だった。
 言葉にしようとしても、言葉にならない。多彩で、変遷していて、言葉というワクにおしこめてしまうのがもったいない。ただ作品がそこにあって、作品を見ているわたしがいるだけなのだ。
 強烈さはなく、あくまでも静かである。けれどもそれゆえに、対峙する、という感覚に襲われた。キュビスムのように見えるけれども、クレーはピカソとはまた違う精神性を持っている。
 彼自身が芸術に対してとても真摯であり、同時にこの世界に対しても彼独特の芸術哲学とでもいうべきものを持っていたことが、その印象を呼び起こさせたのだろうか。

 展示物に混じってクレーの日記、クレーの言葉がパネルとして並べられている。
「芸術とは目に見えるものの再現ではなく
 見えるようにすることである」
 単なる線が、色が、世界を分解し、再構築し、そこにある。

 絵に寄り添われている、と思った。
 クレーの絵はわたしに語らせる。絵を語ることはできないが、絵を通してわたしの物語を語らせる。そんな気がしてしまった。

【パウル・クレー】
http://www.paul-klee-japan.com/
2006年3月5日(日)~21日(火・祝)
大丸ミュージアム・梅田 (大丸梅田店15階)
入場時間:午前10時~午後7時半(8時閉場)
※最終日は午後4時まで(午後5時閉場)
2006.03.10 | Art: 芸術  
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