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Amazon.co.jp:ナイト・オン・ザ・プラネット
 すこし趣向が違うけれども、星新一のショートショートを思いだす。
 約20分間の5つのショート・ムービーで織りなされる人間模様。
 この地球のどこかの、5つの都市。それぞれの都市でタクシーのなか、運転手と客のコミカルなようでいて、おもしろおかしいだけではないやりとりが繰りひろげられる。笑いのあと、孤独やさびしさや悲しさが残る、その余韻のひきかたが、上手くいえないけれどもすごく好きだ。
 5つのストーリーにはつながりはないが、最初のロスでの話が夕方で、じょじょに時間が移ってゆき、次のニューヨークは夜、その次のパリは真夜中、ローマでは真夜中の3時、ヘルシンキでは明け方と、つながっていなさそうでつながっているような、構成の仕方もいい。
 それに、ありえないような、ありそうなような、人間模様の切り取り方と画面の切り取り方がうまい、と思わせられた。
 真夜中の流しのタクシーのように、ひっそり流しておきたい映画。
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2006.07.30 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:ストレンジャー・ザン・パラダイス
 意図したわけではないけれど、くしくも「パラダイス」つづき。
 前回みた「ニュー・シネマ・パラダイス」とは趣の異なるパラダイス、……パラダイス?
 思わず疑問形になってしまうのは、奇妙で、けれどゆるい雰囲気のせいだ。パラダイス、楽園!楽園といえばたしかに楽園といえるかもしれないが、どこかしらヘンな人とヘンな生活で織りなされるロード・ムービー。
 奇妙でゆるい雰囲気、何かが起こりそうで結局何も起こらない脱力感、ワンシーン、ワンショットでつくられる映画の構成、雰囲気映画のような気がしつつ、わたしは好き。
 退屈でだるい感じがなかなか心地よい、けど、好みじゃない人はとことん好みではないと思う。
2006.07.29 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:ニュー・シネマ・パラダイス
 小さな村の映画館を中心にして、ふたつの人生の交わりがぎゅっと濃縮されている。その人生や生き方や映画への想いに、見るがわがなにを見てなにを感じるかは、その人しだいで、「感動の名作」と銘打たれていても見るものが違えば感想も違う。それは、どんな映画や本や音楽や芸術にも言えることだけれども。
 そのことをふまえて、わたしは「ニュー・シネマ・パラダイス」に感じるものがあった。感動しっぱなしで大絶賛というほどには思わなかったけれども、泣かせどころのようなシーンではない、なんでもないようなシーンでなぜだか泣きたくなるような思いがこみあげてきて、胸がつまってしまった。
 人も、ものも、愛していてもそれだけではやっていけないことや、愛することを振り切ってでもやらなければいけないことがあることや、人生の先輩からのアドバイスに満ちた映画だと思う。それだけに、若いトトと同じ世代のわたしにはアルフレードの言葉は耳に痛く、反抗したくなるときもあった。
 けれど、見てよかった。また見る日がくるとしたら、そのときのわたしがなにを思いなにを考えるか、楽しみに待っていよう。
2006.07.29 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:オール・アバウト・マイ・マザー
 「オール・アバウト・マイ・マザー」は、息子を事故で喪ったシングルマザー、オカマ、これからシングルマザーになろうとしているシスター、レズビアンの女優など、社会の主流からはずれた女たちでつむがれる物語だ。そして同時に、すべての女に贈る母の物語でもある。
 それぞれ背景に悲しみや怒りや孤独感を抱えて、彼女たちは身を寄せあいながら、お互いを許しあいながら、たがいにたがいを受けいれて生きている。人生すべてを受けいれ、そして人生をつむいでいくことのできる女の、その母性とでもいうべき姿に、よくわからないままに胸をぎゅっと締め付けられた。

 そう、まだよくわからない。わからないけれど、わからないなりにぐっとくるものがあり、5年後、10年後、ふたたびこの作品に出会えればいい。そう思わせられる。
2006.07.27 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:ブエナ☆ビスタ☆ソシアル☆クラブ
 キューバの年老いたミュージシャンたちで結成された「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。
 その足あとを追ったドキュメンタリー、だけどカタいことは抜きにして音楽を体じゅうで楽しんじゃえる。
 音楽を心から愛し、心から楽しむ年老いたミュージシャンたちの目は実にいきいきとしており、しかもそれぞれの積み重ねてきた年の重みがかれらの肌に、指に、年輪のように刻まれている。けっして楽とはいえない人生を送ってきただろうし、キューバの人々や町の様子からもこの国の人たちが楽ではない暮らしをしているのがわかる。
 それがなんだというのだろう?
 つらいことや楽ではないこともあるが、歌い、楽器を奏で、音楽と一体になる躍動感、生命の輝き。年老いているからこそ、経験の重みがそれをいっそう輝かせている。
 ドキュメンタリーに興味のない人にとっては、年寄りの自分語りなど退屈なだけかもしれないが、思わず体がリズムをとりはじめる「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の音楽を聴くだけでも価値はあるかも。
2006.07.25 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:リンダリンダリンダ
 最初に言っちゃおう。ボーカルのソンがかわいいのだ。
 ペ・ドゥナ演じる韓国人留学生(そして女子高生)のソンが、いい。
 言葉がわからなくて首をかしげるしぐさとか、
 大きな目を見開いて「?」となっている様子とか、
 おかしみと親しみのあるかわいさ。
 思わず手のひらをぎゅっと握りしめて、心の中でエールを送りたくなった。
 ソンだけではなく、他の3人(ドラムの響子、ベースの望、ギターの恵)もそれぞれに魅力があって、特にギターの恵の意志の強そうなきりっとした目がいい。
 学校にこっそり忍び込んだりしながら4人が集まって猛練習する様子は、自分自身の高校生時代をすこし思いださせ(そういえば文化祭の準備で2日連続徹夜した)、胸がきゅっとしめつけられる。
 のんびりとした青春群像に笑みがこぼれてしまったり、くすっとしたり、音楽とあいまって切なくなってしまった。
 「スゥイングガールズ」とか「ウォーターボーイズ」のような、爆笑とドラマティックな場面の動きはないから、これらが好きな人には少々退屈かもしれない。でも、ちょっと退屈だけれどイベントのときに張り切っちゃったり、なんだか身に覚えのあるような等身大の青春が「リンダリンダリンダ」では感じられるのだ。
 あんまりぱっとしない高校時代を持つ人でも、いや持つ人こそ、「ああ自分も頑張ったことがあった」と、記憶をよみがえらせるかもしれない。それほどに普通でゆるくて、けれどそれが心地いい。
 ブルーハーツ世代ではないけれども、最後の「リンダリンダ」のシャウトが耳に残る。これをきっかけに、ぜひ聞いてみたい!
2006.07.24 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:雨あがる
 巨匠:黒澤明の映画を見たことがなく、彼の映画に思い入れのない状態で「雨あがる」を見たのは、わたしにとって幸運なことだった。
 黒澤明が脚本を手がけ(それは遺稿となってしまったが)、彼の没後に弟子がメガホンをとった作品である。だからどうしても「黒澤明」のかげがついてまわり、巨匠の映画に思いいれのある人は比較し、それが巨匠の作品ではないことに落胆するかもしれない。黒澤明はいまはもうこの世の人ではない。あたりまえのことであるが、それだけ彼が遺したものが大きかったということだろう。
 とはいえ、「雨あがる」はそういった先入観なしにみれば、これはこれで味わいのあるものだ。寺尾聰が演じる浪人者の主人公:三沢伊兵衛の、不器用で微妙なやさしさと情けなさそのままに、たんたんと、ゆっくりと物語がつむがれてゆく。
 しかし流れる川の水がときにかさをまして激しく、ときに穏やかに流れていくように、伊兵衛とその妻おたよの心のなかの微妙な動きが、はっきりとはわからないものの見てとれ、切ないようなやさしいような気持ちになった。
 伊兵衛はやさしい人であるけれども、やさしさだけでは人との関係や世渡りはうまくいかないものだ。うまくいかないが、最後まで見終わったとき、二人の背中と絶景とに、なぜだか「これでいいのだ」という一抹のすがすがしさを覚える。ちょうど、降りつづいた長雨があがるように。
 こちらの梅雨はまだあけないが、いつかあけるだろう。
 それまで雨でも、雨の苦しみがあっても、いつかあける。
2006.07.24 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:満潮の時刻
 この7月、遠藤周作を立て続けに読んでいる。
 2年ほど前に買ったまま放置していたものを読んだら意外と面白くてぐいぐいひきつけられたが、なるほどこれは買った当時のわたしでは実感としてわからなかっただろうなと思わせられ、またいまよりももっと年をとってからのほうがより身に迫ってくるだろうなとも思うものばかりだった。
 『満潮(みちしお)の時刻』もそんな作品のひとつである。
 かの有名な神とキリシタンについての小説、『沈黙』と平行して書かれた長編連載で、『沈黙』を書くにいたった遠藤周作の心の機微のようなものが、小説というかたちで表現されたものといえるかもしれない。
 思い返せば中学生2年生の夏に『沈黙』を読み、そしてそれを読書感想文に書いた。しかし当時のわたしにとって沈黙とは、「神の沈黙=不在」というふうにしか読めなかったのを覚えている。
 それは違う、のだろう。沈黙とは、まったくなにも語らないことでも存在しないことでもないはずだ。『沈黙』も『満潮の時刻』も、それとははっきりと言葉に出さないけれども、ものいわぬ世界がつねにわたしたち人間にその想いを伝えようとしている、その世界の想いとでもいうべきものを描きだしている。弱くて情けなくて、生活の中にうずもれて世界を省みない身勝手な人間を、それでも世界はただ受け入れる。語らず、じっとそこで見守りながらただ受け入れている。人間のかなしみを見守るその世界の目と想いを、もしかしたら神と呼ぶのかもしれない。
 神はいないわけではない。しかし、わかりやすい姿や救いといった形では現れてこない。それは人生とそれをとりまく世界のなかに息づいている、そんな気がした。
2006.07.23 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:ライフ・アクアティック
 愛すべきバカたち!
 バカって、アタマのよしあしじゃなく、しいていうならみっともなく不恰好に生きる人間そのものがみんなバカなんだと思う。だけど、欠点だらけでみっともなくて、バカで情けないそんな人間へのあったかい目線が、ウェス・アンダーソン監督の作品からは感じられる。「ライフ・アクアティック」もそんな作品だ。
 コメディのカテゴリに入っているけれども、爆笑することはほとんどない。
 もしかしたらまったく笑えない人もいるかも。
 あきれて半笑いになったり、クスっとしてしまったり、なぜか失礼な笑いばっかりになってしまうのだ。心の底から腹を抱えて笑おうとしている人には、オススメできないコメディである。
 合うか合わないか、結構好みが分かれるところなので、ゆるーいテンポにイライラしちゃう人なら合わないかも。
 でも、ビミョーなオカシサがありながらも、濃縮された人間劇にわたしは見入ってしまった。ツッコミどころ満載なんだけど、それがいい。終盤にかけてが特にいい。
2006.07.21 | Movie: 映画  
Amazon.co.jp:ヴァージン・スーサイズ
 ソフィア・コッポラ監督。
 「ロスト・イン・トランスレーション」を見たときも感じたのだけれど、とことんまで雰囲気映画。考えるのではなく、感じとる映画なのだと思う。そこに共感を覚えるなら、きっとはまる。映像も音楽も美しくてセンスがよく、かわいくてポップで、まさに「オンナノコ」のもつ魅力と危うさが画面上で表現されている。
 でもわたしには微妙だった。というよりも、(前回見た「ロスト・イン・トランスレーション」もそうだったが)人間のもつ割り切れなさや微妙さを描いているために、最初から映画に微妙で繊細なものが込められているというべきなのか。
 13歳、14歳、15歳、16歳、17歳の5人姉妹は、そのまま思春期の女の子の中に多少なりともひそんでいる何か、の具現化であったのかもしれない。
 そう思いながら自分の思春期(中学、高校)を思い出してみたけれども、わたしのばあい危うさに気づかぬほどに世界は確固としていたから、実感として身に迫ってこなかった。たとえるならうすいピンクの、レースのカーテンを通して向こうがわを見るような感覚しか、わいてこないのだ。
 しかし男の人はいくつになっても少年のような心を持っていたりするものだけれど、女はものごころついたときから少女であってもひとりの女の部分がある。あるいは、思春期の少女に限らず、その「女の部分」がもつ若くて美しい一瞬の美の終焉、それが「ヴァージン・スーサイズ」だったのかもしれない。
2006.07.20 | Movie: 映画  
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