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さがしものはなんですか?
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 美しい風景のなかで、見えたのは過酷な「国死、もとい国試ロード」だった……。あ、なにもしていないのに息切れとめまいがする。

 「サン・ジャックへの道」がどんな映画かなんて、見た人だけが感じられることだ。
 キリスト教の聖地である「サンティアゴ・コンスポテーラ」への巡礼の旅、という文句だけを見れば宗教的でキリスト教の考えが強い映画だと思うかもしれない。
 ある意味で、それは正しいし、それは間違っている。
 宗教的といえばそうなのだけれど、もっと根源的なもの――「人生とは」という問いを、わたしは映画のスクリーンごしに聞いた気がした。
 それに、画面に映し出されるのはキリスト教の巡礼の旅なのに、なぜか「お遍路さん」のイメージが重なる。どちらも詳しくないので、イメージだけで言っているにすぎないのだけれど。
 宗教や人種や、そのほかいろいろなワクを超えて、見えてくるものはなんだろう。

 淡々としているなかに、しみじみとした味わいがあり、見ている間よりも見たあとに「何かが残った」という感じであった。
 わたしの場合、坂道を登る苦しい行程があたかも国試の前の自分のように見えて、思わず「うう」と声にならない悲鳴を心の中でもらしてしまった。
 映し出される画面のなかに、「何を見るか」は人それぞれ。
 きっと、来年見れば、また来年の感想がある。そういう映画だと思った。

【サン・ジャックへの道】
 http://www.saintjacques.jp/
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2007.04.30 | Movie: 映画  
ミイラと古代エジプト展3Dメガネとチケット
 大英博物館から神戸市立博物館まで、ミイラがやってきた。
 関西国際空港から、イギリス・ロンドンのヒースロー空港までは空路で片道12時間。ミイラのほうも、ユーラシア大陸のさらに東まではるばるやってくるとは、3000年前には思いもしなかっただろうなあ。
 じつは、大英博物館のミイラに会うのは今回で2度目。
 約8年ぶりの再会となった。
 高校の修学旅行がロンドンで、もちろん大英博物館にも足を運んだのである。ものすごい規模で、1か月くらいかけないと全部を見て回れなさそうなところだったことを覚えている。そこで何体かのミイラに出会い、写真を撮った(写真OKだったのだ)。そのうちの1体は「なかみ」だったので――帰国後、撮った写真をハハに「不吉だから」と焼き捨てられたことも記憶に新しい(ハハのほうはすっかり忘れていたけど)。

 さて、そんなミイラちゃんを、めずらしく父が「見に行きたい」というので、ひさしぶりに家族(ほぼ)全員でミイラを見に出かけた。
 「日曜日は1時間待ちらしい」
 との前情報であったが、わたしたちが博物館に着いた13時ごろの時点で「30分待ち」とのこと。が、思ったよりもすんなり入れる。
 この「大英博物館 ミイラと古代エジプト展」では、まずイントロダクション(導入)の映像を見たあと、20分ほどの3Dムービーを見てから展示のほうに行くようになっている。ムービーの上映時間は決まっており、入れ替え制のようだった。
 ムービーを見るためのメガネは、右の写真にあるやつ。
 このムービー、なかなか面白い。短いんだけれど、「世界ふしぎ発見」とか「ミステリー・ハンター」みたいなのが好きなうちの家族、みんな見入っていた。立体映像だし、スクリーンが大きいので大迫力!
 展示のほうは、人がぎっしり。ただ、入場制限をしているため、まったく展示物が見えないということもなく、ゆっくりめに見ていけば見られる感じ。混んでるといえば混んでいるが、まだそこまでひどくはない。

 それにしても数千年以上前のものが、いまもこうやって色鮮やかに残っている。その技術力のすごさに感嘆し、同時に「埋もれているすごいもの」の存在を感じてぞくっとした。
 また、展示の目玉である「ネスペルエンネブウのミイラ」について、その棺に描かれた絵やヒエログリフの意味を解説してくれているのがいい。解説がくわしいので、「古代エジプト」についてあまり知らなくても楽しんで見られると思う。
 すごいな、ミイラ。火葬しか知らない現代の日本人には、ファンタジーみたいな世界。入れものとしての「からだ」にも、価値を見出していた古代エジプトの人たちの死生観、興味をひかれる。

 ところで余談だけれど、展示の目玉の一つが3Dムービーであるだけに、聴覚障害のある人にはツライかもしれない。
 入り口で「聴覚障害者むけの解説」をくれるんだけど、映像と同時では見られない(暗いから)。ある程度はじまる前に読んでおくと、内容がわかりやすかったので、ないよりはいいかも……でも正直字幕のほうが、と思わないでもない。字幕をつける作業って、すごい労力が要るから、コスト的にだめだったのかなあ。
 (07/05/03 追記:「3Dムービーのしくみ」)

 見おわって出たのは15時すぎ、そのときは行列がのびて「45分待ち」になっていたので、お早めに。

【大英博物館 ミイラと古代エジプト展】
 2007年3月17日(土)~6月17日(日)
 神戸市立博物館
 開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 休館日:毎週月曜日
     ただし4月30日(月・祝)は開館
2007.04.29 | Art: 芸術  
Amazon.co.jp:λ(ラムダ)に歯がない
 『φ(ファイ)は壊れたね』にはじまる、Gシリーズ(というらしい)の5作目。じつは年末からお正月にかけて3作目の『τ(タウ)になるまで待って』と4作目の『ε(イプシロン)に誓って』も読んでいたのだけれど、ここに感想は書かなかった。1作目と2作目は数年前に既読。
 (ちなみに、「λ」は「ラムダ」と読む)。

 これは感想が、本当に書きにくい。読んで感じてみるしかない。ただ、感じ方にまでは責任をもてない。わたしは好きだし、作者である森氏の考えているものや、著作物がつくる世界の全体を、漠然とではあるが「ああ、もしかして」と予想する楽しさがあって面白かった。
 読みやすさからいったら、たぶんこのシリーズは読みやすい。コアな読者の満足度はどうだか知らないけれど、新しく読もうって人には『すべてがFになる』などの S&Mシリーズよりこっちがいいような気がする。昔より、より普遍に近づいた、という感じ。でも、違うことをやろうとしている、そういう感じがする(同じようなものばかりでもつまらないものね)。
 森博嗣はミステリ作家だと昔は思っていたけれど(同様に他の作家も純文学だの恋愛だのにカテゴライズしていた)、そういうカテゴリわけってあんまり意味ないよなあ、というのが最近の所感。

 ま、好きなものを好きなように読むのがいい、ってことで。
 (けど、そうするとここで書いている意味って……!? あまり気にしないことにしよう)。
2007.04.20 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:パッチ・アダムス いま、みんなに伝えたいこと
 映画「パッチ・アダムス」を見たのは、1年まえくらいのことだったっけ。
 笑いの力で人をハッピーにするパッチに、笑い、涙し、エネルギーをもらって「自分もこんな医者になれたら!」と思ったものだった。なのに、1年間、自分のことで頭がいっぱいで、いつしかそういう気持ちを忘れてしまっていた。
 いまだって夏に就職試験、秋に卒業試験、そして冬に国家試験をひかえ、将来に対する漠然とした不安がある。もやもやとした黒いカゲがしのびより、負けるもんか、と思うあまり視野が狭くなり……。
 この本には、映画の役ではない、「パッチ・アダムス(ハンター・アダムス)」本人の言葉がつづられている。自分のことで凝り固まっていたわたしだけれど、真剣に語るパッチの言葉に心を揺さぶられた。こわばっていた心がほどけていくのを感じ、パッチの言葉だけではなく、声をかけてくれた人たちの言葉がよみがえってくる。
 1年前に病院実習がはじまったとき、最初にうけもった患者さん。かなり印象的だったその人と、つい最近になってまた外来で再会し、すごいことに1年前よりずっとよくなっていた。忘れられていると思っていたのに、会えてよかった、そう仰ってくれた。わたしも。気づいていないだけで、たくさんのエネルギーをいろんな人からもらっているし、わたしも誰かの力になれている、そう思うと元気がわいてくる。

 『パッチ・アダムス いま、みんなに伝えたいこと』には、「愛と笑いと癒し」という副題がついている。そのとおり、「愛と笑いと癒し」のエッセンスをぎゅっと凝縮したような、すてきな本!
 パッチの言葉は、インタビューから得られたもの。
 パッチと日本をつなぐ窓口、高柳和江氏とパッチの共同作業でできた本で、高柳和江氏の文章もおもしろい。
 それにしても、パッチの考えていることのスケールの大きさにはドキドキする。自分も、と思わせる力がある。パッチの魅力は、周囲を巻き込んで「なにかすごいことを起こすんじゃないか」というワクワク感かも。

 医学生生活も残り少なくなり、勉強や進路を考えることに追われているけれど、心は広く持っていたい。
2007.04.14 | Bookshelf: 本棚  
新潮社:yom yom vol.2 注目の雑誌。
 小説やエッセイをあつめた雑誌として、「買わせる」なにかがあるなあ。やるな、新潮社。
 いちばんいいのは、表紙に文字が少ない、ってこと。この手の読み物を中心とした雑誌っていうのは、表紙を作品名や著者名で埋め尽くしていることがほとんど。yom yom (ヨムヨム)の場合、表紙にも裏表紙にも 100% ORANGE の描くかわいいパンダと雑誌名のみ、という潔さ。
 レジのそばに積んであった表紙を見てぐぐっときてしまい、つい『文鳥・夢十夜』と一緒にお会計。表紙だけで買う、なんて何年ぶりだろう。
 中身もいい。雑誌のわりに満足感が大きく、1週間くらいかけて楽しむことができた。読み終わったあとは表紙を見せて立てかけてある(パンダがかわいいから)。
2007.04.14 | Bookshelf: 本棚  
Amazon.co.jp:文鳥・夢十夜 (新潮文庫)Amazon.co.jp:夢十夜 他二篇 (岩波文庫)
 岩波文庫のほうを図書館で借りて読み、たまらなくなって新潮文庫で買ってしまった。最近は「本を増やさないように」ということに心血を注いでいるので、迷いに迷ったが手元に置いておきたい気持ちのほうが勝って、いまはかわいい文鳥の絵のついた文庫本が本棚にならんでいる。
 短編小説ともいえないほどの、ほんの短い文章、小品を集めた文庫なのに、なんともいえない味わいがジワジワとわいてくるのだ。『夢十夜』はすこしまえに映像化もされたけれど(映画「ユメ十夜」)、映像化したいと思うほどこの作品に魅入られてしまった人がいるのも納得。
 なお、岩波文庫には『文鳥』『夢十夜』『永日小品』しか収録されておらず、新潮文庫に『思い出すことなど』『ケーベル先生』『変な音』『手紙』が入っている。

 そういえば夏目漱石は父が好きで、実家の本棚にあったものをわたしも何冊か読んでいる。
 『草枕』の冒頭文は子どものときに父から何度も聞いたせいで、そこだけはっきりと覚えてしまっているし(残念ながら内容は忘れた)、『坊っちゃん』『こころ』も読んだ。
 けれども父のように好きだったわけではないし、『こころ』にいたっては高校生のときに読んで以来、「ぐだぐだした話」だと内心思っていた。
 漱石は近くて遠い存在だった。
 だから、これらの小品で「はじめて漱石と出会った」ような心持がする。
 胃潰瘍をわずらっていたことも知り、漱石が生きた明治時代には胃潰瘍が生きるか死ぬかの瀬戸際の病気であったことに驚いた。そのときのことは『思い出すことなど』で描かれているが、まさに死にかけたその場面が「いきいきと」していることに感動!
 面白い本に出会った。
2007.04.06 | Bookshelf: 本棚  
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