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 ペドロ・アルモドバル監督。
 舞台はスペインのマドリード。
 新進気鋭の映画監督エンリケのもとに、神学校時代の親友であったイグナシオがひとつの脚本を持って現れる。俳優である彼はその脚本を映画化し、自分を出演させてほしいと売り込みに来たのだ。
 タイトルは、「訪れ」。

 なぜ16年ぶりにイグナシオは訪れたのか。
 イグナシオの脚本を軸に、男色の愛憎の行く末が描かれる。

 「訪れ」に描かれていたのは、エンリケとイグナシオの哀しい過去だった。
 現在と過去、実生活と劇、愛と憎しみ、神の愛と人間の愛が交錯しあいながら、物語は進行する。

 正直な話、この映画はよくわからない。
 ではホモセクシュアルやバイセクシュアルの人たちならば、わかるかといえばきっとそうではないという確信はある。映画で重点を置かれているのは、男色そのものではなかった。
 背徳のエロス、それを表現するための味付けのひとつとして男色が効果的に用いられていはいる。
 つねにぎりぎりの瀬戸際をわたるような危うさ、どこからが本当でどこからが嘘かわからなくなるような妖しさ、そういうもののなかに匂い立つエロティックな映像に、生じるのは困惑のみ。
 しかしこの困惑、惑わされ、酔わされる感覚は嫌いではなかった。

 映画の落ち、を期待してはいけない。意味も理由も言葉も飛び越えたところに、あるものは何なのか?何が訪れたのか?それはわたしにはわからない。もしかしたら、それを「愛」と呼ぶのかもしれないし、アルモドバル監督はそう呼んでいたかもしれないけれど、わたしにはうかがい知れない。

 イグナシオ役のガエル・ガルシア・ベルナルの演技には鳥肌が立つ。
2006.05.13 | Movie: 映画  
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