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Amazon.co.jp:アワーミュージック
 ふしぎな映画だ。映画、と呼んでいいのかどうか迷う。
 これがわたしとゴダールとの、はじめての出会いだった。
 核となるのは「戦争」と「生死」。
 ある意味で非常にわかりやすいけれども、ゴダール独自の感性で切り取られた前衛的な作品で、見るものを混乱と思考のうずの中に沈めてくれる。

 話は脱線するが、中学生のころサラエボ*に住む女の子と文通をしたことがある。つたない英語を駆使してやりとりをしたけれども、けっきょく数回で連絡が途絶えてしまった。
 いつだったか、写真を同封してくれた。青い目の、ブロンドの女の子。あの手紙はどこに行ったのか、いまはもうない。ボスニア・ヘルツェゴビナ*の治安は回復したと聞くが、彼女はどうなったのだろう。
 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争*も、すでに10年以上前のことになった。
 わたしが生きてきた、たった20年ほどの間だけでも、いくつもの争いが各地で起きている。
 湾岸戦争。イラン戦争。ルワンダ、コソボ、チェチェン。
 神話の時代から尽きることのない争い。
 そして、その争いについて語る言葉をもたなければ、歴史的敗者となって消える。
 
 「アワーミュージック」について、わたしは多くを語ることができない。なにしろゴダール、彼に出会ったのはこの作品がはじめてなのだ。彼の映画について語る場合、彼について知る必要があるという気がする。
 いちおう、簡単にいうと映画の構成は「地獄編」「煉獄編」「天国編」3つのパートからなっている。主体となるのは「煉獄編」で、ゴダール自身が登場している。しかし、ドキュメントではない。かといってフィクションでもない。また、いたるところで映画の(フィクションの)映像、ドキュメンタリの映像が交錯しあい、この映画の不確かな印象の一因となっているように感じた。
 ひとつだけわたしが強く思うのは、「アワーミュージック (our music:notre musique)」つまり「わたしたちの音楽」でいうところの、「音楽 = music = musique」とは、いま現在わたしたちが聴いて楽しんでいる音楽というだけの意味ではないだろうということだ。はっきりとはわからないが、もしかしたらそれは「よい調べ、音(おん)の調子」ひいては「福音」をしめすかもしれない。
 わたしたちにとっての福音とはなんだろうか。
 救済が万人に平等に訪れることはあるのだろうか(いや、ない)。
 「わたしたちの音楽」
 ゴダールが指し示すものは、大きすぎてつかみ切れなかった。

*ボスニア・ヘルツェゴビナとサラエボ
 ボスニア・ヘルツェゴビナは、1992年に旧ユーゴスラビアから独立した国で、サラエボがその首都である。世界地図では、バルカン半島(イタリア半島の東にある)の西側に位置している。
 バルカン半島はボスニア・ヘルツェゴビナのほかに多くの国を有しているが、ここは民族的、宗教的に多彩な土地がらで、第一次世界大戦が勃発するきっかけもここの民族問題であった。それ以後、宗教・民族問題が多く発生している。
 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争もそのひとつ。
2007.02.14 | Movie: 映画  
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