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 高校生のとき、現代国語の時間に文庫本1冊を使った授業を何度か受けた。取り上げられたのは森鴎外の『舞姫』、小林秀雄の『考えるヒント』、そして夏目漱石の『こゝろ』。
 自分からすすんで読んだわけではない、というのも手伝ってか、そのどれもがあまり記憶に残っていなかったりする。覚えているのは、くだらなくてどうでもいいことばっかり。
 たとえば『舞姫』で、赤ん坊のオムツのことを「襁褓(むつき)」と言っていただとか、オムツは「むつき」に接頭辞「お」がついて語尾の「き」が消えたものだとか。
 本当にどうでもいい。

 で、『こゝろ』の話をしよう。
 そんなわけで、わたしの『こゝろ』に関する記憶は、「どろどろして暗くてどうしようもない話」というところで止まっていた。作者の夏目漱石についても、「明治の文豪」以上の印象は持ちようがなかったのである。
 けれども、このあいだ『文鳥・夢十夜』を読んで、そのおもしろさに目が見開かれた。いままで食わず嫌いで敬遠してきた漱石を知りたい、読んでみたいという気持ちになり、実家の本棚から『こゝろ』を手に取ってページをめくりはじめた。
 ――おもしろい。
 漱石の言葉は『文鳥・夢十夜』で感じたように、平易でわかりやすく、明快である。軽やかにさえ思え、するすると読み進められてしまう。
 でも、やっぱり「どろどろして暗くてどうしようもない話」なんだな、これが。
 それは、漱石が書こうとしたものがそういうものだったからだ、とわたしは解釈した。人間の奥深くにひそむ、どろどろした何か。矛盾に満ち、自分を保つために自分すらあざむいてしまう何か。
 その何かを真正面から見すえるのは、正直言って自殺行為にも等しい。「自分」を保つための、心の奥深くにある「自己愛」とでもいうようなものを見ると、矛盾ばかりでどうしようもなくて、潔癖な人はその醜さに耐えられないかもしれない。
 しかし、その醜いものがあるために、自分が自分として成立しているのではないか。それを醜いとして否定し続けると、「自分」が保てなくなる。「自分」が保てず、自分を自分で破壊するというところまで行き着いてしまうのではないか。
 想像だから、わからない。
 やっぱり「どうしようもない話」で済ませてしまった。
 だいいち、恋愛力の弱いわたしには、ヘビーすぎる。
 こういう状況に陥ったら、もうさっさと「三十六計逃げるが勝ち」とばかりに、脱兎のごとく戦線離脱するのが目に見えているので、まるっきり実感のわかない話ではある。
 (それもまた、自分を保つための何か、だが)。
 おもしろいんだけど、また1年後には「どうしようもない話」ということしか覚えていないだろうなあ。深遠をのぞくだけの胆力も、思考力も、わたしには欠けていると言わざるをえない。正直、見たくない世界だ。

 『文鳥・夢十夜』を読み、『こゝろ』を読み終えたいま、漱石には妙な親近感を感じる。とても明治の人とは思えない。
 文豪をつかまえて言うことではないけれど、でも漱石とは友だちになれない気がする。おたがい、距離をおいて適度に付き合っているほうが気楽でいい、というような。
 この人とサシで話すと、乗るときは乗るけれども、反発するととことんまで暗くなりそうだ。
 どうでもいい話からはじまって、どうでもいい話で終わった。
2007.05.04 | Bookshelf: 本棚  
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