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Amazon.co.jp:満潮の時刻
 この7月、遠藤周作を立て続けに読んでいる。
 2年ほど前に買ったまま放置していたものを読んだら意外と面白くてぐいぐいひきつけられたが、なるほどこれは買った当時のわたしでは実感としてわからなかっただろうなと思わせられ、またいまよりももっと年をとってからのほうがより身に迫ってくるだろうなとも思うものばかりだった。
 『満潮(みちしお)の時刻』もそんな作品のひとつである。
 かの有名な神とキリシタンについての小説、『沈黙』と平行して書かれた長編連載で、『沈黙』を書くにいたった遠藤周作の心の機微のようなものが、小説というかたちで表現されたものといえるかもしれない。
 思い返せば中学生2年生の夏に『沈黙』を読み、そしてそれを読書感想文に書いた。しかし当時のわたしにとって沈黙とは、「神の沈黙=不在」というふうにしか読めなかったのを覚えている。
 それは違う、のだろう。沈黙とは、まったくなにも語らないことでも存在しないことでもないはずだ。『沈黙』も『満潮の時刻』も、それとははっきりと言葉に出さないけれども、ものいわぬ世界がつねにわたしたち人間にその想いを伝えようとしている、その世界の想いとでもいうべきものを描きだしている。弱くて情けなくて、生活の中にうずもれて世界を省みない身勝手な人間を、それでも世界はただ受け入れる。語らず、じっとそこで見守りながらただ受け入れている。人間のかなしみを見守るその世界の目と想いを、もしかしたら神と呼ぶのかもしれない。
 神はいないわけではない。しかし、わかりやすい姿や救いといった形では現れてこない。それは人生とそれをとりまく世界のなかに息づいている、そんな気がした。
2006.07.23 | Bookshelf: 本棚  
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