高校に入学したとき、クラスのなかで最初に仲良くなったのは、名簿の並びでわたしの後ろにつづくふたりだった。イニシャルT・T・T。
わたしを含めた3人、最終的にみんな医療系に進学した。わたしと、ひとりは医学部に。もうひとりは薬学部に。そして、大学に入学した年はバラバラだったのに、浪人やら留年やらいろいろな要素がからみあって、なぜかみんな今年が国家試験だったんである。医師国家試験が2月16〜18日、薬剤師国家試験が3月8・9日。
それで、薬剤師国家試験が終わるのを待って、3人で3月20・21日に1泊2日の旅行に出かけてきた。
行き先は、長野県の松本市。
友だちのうちひとりは「温泉があってのんびりできて美味しいごはん」、もうひとりは「みんなと行くならどこでも」というので、わたしの一存で松本になった。目的は、松本市美術館の草間彌生展示室。思いっきり趣味に走ってしまってごめんなさい、だけど、意外にみんな楽しんでくれたみたい。
松本までは、京都駅から「しなの」に乗って3時間半ほど。
だけど、3人寄ればなんとやら、ものすごい密度の話―お決まりの国試の話からはじまり、就職、今後の将来像、恋愛・結婚など、で3時間半がうめつくされ、「まだまだ足りない!」くらい。
20日はあいにくの曇天だったけれども、目的の松本市美術館・草間彌生展示室の圧倒的パワーにみんなエネルギーをもらったのか、元気に話の花を咲かせた。

門を入ってすぐ、草間彌生の作品がお出迎え。
パワフル!
展示室も、「すごい」のひとこと。1回まわったあと、もう1回見てしまった。

こんな自動販売機があった。一番上の段は、残念ながら非売品だそう。
この日、泊まったのは美ヶ原温泉のお宿。
白魚の踊り食いを初体験。あのちっこくて黒い目に罪悪感がふつふつと沸いてきたが、意外においしい。こまごまとしたお料理がいくつも出てきて、美味しいやら、お腹いっぱいやらでうれしい悲鳴。
朝ごはんには初体験の信州みそをあぶったものが出て、これもおいしかった。
ここのお宿は、ご主人が打ったおそばを夕ごはんに食べられるそう。でも、もうお腹がいっぱいで食べられなかったのが本当に残念。
その代わりご主人に美味しいおそばのお店と、おいしい湧水の出るところと、松本城周辺のみどころ、どんなふうにまわったらいいのかを教えてもらった。ガイドブックを一応持っていったものの、それよりもお宿の人に聞くのがいいかも。自分がぜんぜんチェックしていなかったようなところとか、地元の人ならではのオススメなおそば屋さんとか、とりあえず聞いてみることで新しい発見がいっぱいあって、それもまた楽しかった。
温泉は小ぢんまりとしたもので、露天風呂に梅の花が植わっていた。それを見上げると視線の先には満月。
「こうやってのんびりして、いろんなものを洗い流して、すっきりとこのまま国試も合格していたらいいね」

翌21日はいいお天気。
お宿をチェックアウトしたあとうっかり道に迷っていたら、たまたまお宿のご主人が運転する車に行き会い、用事を済ますついでだからと車に乗っけてくれた。しかも、道すがらガイドまで。本当に、なんていうんだろ、長野は滋賀よりも寒かったけれど、気の置けない友だちと旅ができるということや、こういった出会いを思い返すと、気持ちがぽかぽかしてくる。
あちこち歩いて、松本城も見て(梅の花がきれいに咲いていた)、旧開智学校をまわって。けっこうぎりぎりに帰りの「しなの」に飛び乗って、そこでもまた話す話す。
みんな25歳。国試やら就職やら仕事やら、これからどうなるんだろねって悩みはつきない。だからこそ、こうやって話ができる友だちがいるって心強い。わたしがこの人たちと一緒にいて落ち着くのは、物事のいい面を積極的に見ようとしているところと、でも悪い面もちゃんと見ているところ、話すときはネガティブなことでも笑って話せること、そしてなによりも、しょっちゅう会ったりメールしたりしなくても会えば会話がはずむところ、が理由なのかなと思う。
それに、めいめいが違うことをしていてもリラックスしている。
たとえばひとりが本を読んでいて、あとの2人が喋っているとか、仲間はずれとかそんなのではなくて、それが心地よい空気として流れている感じがあって、そこがいいなあと思うのだ。
みんな性格も得意分野も全然違う。その違いをこれからも大切にしたい。しみじみとそう思う旅行だった。
わたしを含めた3人、最終的にみんな医療系に進学した。わたしと、ひとりは医学部に。もうひとりは薬学部に。そして、大学に入学した年はバラバラだったのに、浪人やら留年やらいろいろな要素がからみあって、なぜかみんな今年が国家試験だったんである。医師国家試験が2月16〜18日、薬剤師国家試験が3月8・9日。
それで、薬剤師国家試験が終わるのを待って、3人で3月20・21日に1泊2日の旅行に出かけてきた。
行き先は、長野県の松本市。
友だちのうちひとりは「温泉があってのんびりできて美味しいごはん」、もうひとりは「みんなと行くならどこでも」というので、わたしの一存で松本になった。目的は、松本市美術館の草間彌生展示室。思いっきり趣味に走ってしまってごめんなさい、だけど、意外にみんな楽しんでくれたみたい。
松本までは、京都駅から「しなの」に乗って3時間半ほど。
だけど、3人寄ればなんとやら、ものすごい密度の話―お決まりの国試の話からはじまり、就職、今後の将来像、恋愛・結婚など、で3時間半がうめつくされ、「まだまだ足りない!」くらい。
20日はあいにくの曇天だったけれども、目的の松本市美術館・草間彌生展示室の圧倒的パワーにみんなエネルギーをもらったのか、元気に話の花を咲かせた。

門を入ってすぐ、草間彌生の作品がお出迎え。
パワフル!
展示室も、「すごい」のひとこと。1回まわったあと、もう1回見てしまった。

こんな自動販売機があった。一番上の段は、残念ながら非売品だそう。
この日、泊まったのは美ヶ原温泉のお宿。
白魚の踊り食いを初体験。あのちっこくて黒い目に罪悪感がふつふつと沸いてきたが、意外においしい。こまごまとしたお料理がいくつも出てきて、美味しいやら、お腹いっぱいやらでうれしい悲鳴。
朝ごはんには初体験の信州みそをあぶったものが出て、これもおいしかった。
ここのお宿は、ご主人が打ったおそばを夕ごはんに食べられるそう。でも、もうお腹がいっぱいで食べられなかったのが本当に残念。
その代わりご主人に美味しいおそばのお店と、おいしい湧水の出るところと、松本城周辺のみどころ、どんなふうにまわったらいいのかを教えてもらった。ガイドブックを一応持っていったものの、それよりもお宿の人に聞くのがいいかも。自分がぜんぜんチェックしていなかったようなところとか、地元の人ならではのオススメなおそば屋さんとか、とりあえず聞いてみることで新しい発見がいっぱいあって、それもまた楽しかった。
温泉は小ぢんまりとしたもので、露天風呂に梅の花が植わっていた。それを見上げると視線の先には満月。
「こうやってのんびりして、いろんなものを洗い流して、すっきりとこのまま国試も合格していたらいいね」

翌21日はいいお天気。
お宿をチェックアウトしたあとうっかり道に迷っていたら、たまたまお宿のご主人が運転する車に行き会い、用事を済ますついでだからと車に乗っけてくれた。しかも、道すがらガイドまで。本当に、なんていうんだろ、長野は滋賀よりも寒かったけれど、気の置けない友だちと旅ができるということや、こういった出会いを思い返すと、気持ちがぽかぽかしてくる。
あちこち歩いて、松本城も見て(梅の花がきれいに咲いていた)、旧開智学校をまわって。けっこうぎりぎりに帰りの「しなの」に飛び乗って、そこでもまた話す話す。
みんな25歳。国試やら就職やら仕事やら、これからどうなるんだろねって悩みはつきない。だからこそ、こうやって話ができる友だちがいるって心強い。わたしがこの人たちと一緒にいて落ち着くのは、物事のいい面を積極的に見ようとしているところと、でも悪い面もちゃんと見ているところ、話すときはネガティブなことでも笑って話せること、そしてなによりも、しょっちゅう会ったりメールしたりしなくても会えば会話がはずむところ、が理由なのかなと思う。
それに、めいめいが違うことをしていてもリラックスしている。
たとえばひとりが本を読んでいて、あとの2人が喋っているとか、仲間はずれとかそんなのではなくて、それが心地よい空気として流れている感じがあって、そこがいいなあと思うのだ。
みんな性格も得意分野も全然違う。その違いをこれからも大切にしたい。しみじみとそう思う旅行だった。
2008.03.21 | Scrap: 雑記
ここのところ、つづけて「生死」の話題になっている。
どうも辛気くさいようだけど、まあいっか。
今日は、「わたしのいのち」について書こうと思う。
わたしが、「わたしのいのち」について思うとき、「わたし」からそっと離れて「わたしのいのち」を見てみると、どうもそれはかけがえのない大切なものであるらしい、というふうに見える。だけど、同時に「いつか手放さなければいけないもの」というふうにも見える。
いのちに対して愛着を持っているのはたしかだ。でも、執着はたぶん持っていないのだなあと、自分が自分の生に対して思うことを分析してみると、そういう結論になった。
つまり、わたしにとって「いのち」は大切で貴重なものであると同時に、たとえば明日交通事故で死んだとしてもしょうがないものでもある。
なんていうんだろう?
一見相反するように思えるかもしれない。
わたしにとって、「わたしのいのち」は、わたしのもののようで、そうではないのだと思う。たまたまこの肉体が動いて、感情を持って。それができることが、とても不思議に感じられるのだ。宗教じみているかもしれないが、いわば「偶然に授かったなにか」であるように思える。
そして偶然に授かった「いのち」は、キリスト教であるなら天国か地獄へ、仏教であるなら再び輪廻の輪の中に入ってゆくか解脱して仏の世界にゆくか、宗教がらみでなければ朽ちて土となるか、ともかくそれを手放したあとはどこかに還ってゆく。あるいは無になる、のかもしれない。
はっきりとどうなるのかっていうのはきっとわからないんだろうけれど、当面は「人間はいつかは死ぬもの」だっていうのは間違いのないことだろう。
そこで、「どうせいつかは死ぬんだから、いま死んだって同じだろう」とは、わたしは思わない。「いつかは手放さなければいけないけれど、何かの縁で授かったいのちだから、そのときが来るまでは手をかけて大切にしよう」というふうに、最近は思うようになった。
いつかはどこかに行ってしまうもの。いつ、どこで、どんな風に行くのかはわからないが、だからこそ、いのちを手放すときに、できるだけきれいに保たれた状態で手放したい。
「きれい」というのがどんなことかは、まだうまく説明ができないけれど。
いやおうなしに手放さなければならない状況とか、もう持っていることがつらくてつらくて、自分から手放してしまうようなことだってある。そういうことがあることも考えてみて、自分にとってはこういう感じなんだな、と思った。
ほとんどのことが、そういうことなのかもしれない。
どんなものであれ、たとえば人や若さといったようなものでも、いつかは手放さなければいけないものだ。肉体にしても細胞レベルで失われていくし、記憶も衰えていくだろうし、いやおうなしに老いる。でも、手をかけて、生きて老いてきた証拠が、ほかの人の目にも素敵にうつるようなものになればいい。たとえばしわくちゃの顔でにっこり笑うおばあちゃんや、しみだらけの顔で話をしてくれるおじいちゃんが、わたしは大好きだし尊敬している。
すこし話がそれたけれど、「自分のものである」という確信をもてるものなんて、本当はないんじゃないだろうか。なにかの縁があっていま手元にあったり、親しい付き合いをさせてもらったりしているけれど、それがずっとそのままかといえばそれはそうではない。
だからこそ、大切にしたいものほど、いのちにしても、人にしても、ものにしても、手をかけて、きちんと付き合いかたを考えてゆかなければいけないのではないだろうか?
いのちも、人も、ものも、一期一会。
そんな気がしている。
ほかの人は、自分のいのちについて、どう思っているのだろう?
どうも辛気くさいようだけど、まあいっか。
今日は、「わたしのいのち」について書こうと思う。
わたしが、「わたしのいのち」について思うとき、「わたし」からそっと離れて「わたしのいのち」を見てみると、どうもそれはかけがえのない大切なものであるらしい、というふうに見える。だけど、同時に「いつか手放さなければいけないもの」というふうにも見える。
いのちに対して愛着を持っているのはたしかだ。でも、執着はたぶん持っていないのだなあと、自分が自分の生に対して思うことを分析してみると、そういう結論になった。
つまり、わたしにとって「いのち」は大切で貴重なものであると同時に、たとえば明日交通事故で死んだとしてもしょうがないものでもある。
なんていうんだろう?
一見相反するように思えるかもしれない。
わたしにとって、「わたしのいのち」は、わたしのもののようで、そうではないのだと思う。たまたまこの肉体が動いて、感情を持って。それができることが、とても不思議に感じられるのだ。宗教じみているかもしれないが、いわば「偶然に授かったなにか」であるように思える。
そして偶然に授かった「いのち」は、キリスト教であるなら天国か地獄へ、仏教であるなら再び輪廻の輪の中に入ってゆくか解脱して仏の世界にゆくか、宗教がらみでなければ朽ちて土となるか、ともかくそれを手放したあとはどこかに還ってゆく。あるいは無になる、のかもしれない。
はっきりとどうなるのかっていうのはきっとわからないんだろうけれど、当面は「人間はいつかは死ぬもの」だっていうのは間違いのないことだろう。
そこで、「どうせいつかは死ぬんだから、いま死んだって同じだろう」とは、わたしは思わない。「いつかは手放さなければいけないけれど、何かの縁で授かったいのちだから、そのときが来るまでは手をかけて大切にしよう」というふうに、最近は思うようになった。
いつかはどこかに行ってしまうもの。いつ、どこで、どんな風に行くのかはわからないが、だからこそ、いのちを手放すときに、できるだけきれいに保たれた状態で手放したい。
「きれい」というのがどんなことかは、まだうまく説明ができないけれど。
いやおうなしに手放さなければならない状況とか、もう持っていることがつらくてつらくて、自分から手放してしまうようなことだってある。そういうことがあることも考えてみて、自分にとってはこういう感じなんだな、と思った。
ほとんどのことが、そういうことなのかもしれない。
どんなものであれ、たとえば人や若さといったようなものでも、いつかは手放さなければいけないものだ。肉体にしても細胞レベルで失われていくし、記憶も衰えていくだろうし、いやおうなしに老いる。でも、手をかけて、生きて老いてきた証拠が、ほかの人の目にも素敵にうつるようなものになればいい。たとえばしわくちゃの顔でにっこり笑うおばあちゃんや、しみだらけの顔で話をしてくれるおじいちゃんが、わたしは大好きだし尊敬している。
すこし話がそれたけれど、「自分のものである」という確信をもてるものなんて、本当はないんじゃないだろうか。なにかの縁があっていま手元にあったり、親しい付き合いをさせてもらったりしているけれど、それがずっとそのままかといえばそれはそうではない。
だからこそ、大切にしたいものほど、いのちにしても、人にしても、ものにしても、手をかけて、きちんと付き合いかたを考えてゆかなければいけないのではないだろうか?
いのちも、人も、ものも、一期一会。
そんな気がしている。
ほかの人は、自分のいのちについて、どう思っているのだろう?
2008.03.19 | Scrap: 雑記

きのう、「生きることと死ぬこと」について書いた。
そうしたら、いつも読んでいるブログ「日々是よろずER診療」で、絵本『わすれられないおくりもの』のことについて触れられており、「あっ」という声とともに記憶がよみがえってきた。
【日々是よろずER診療:わすれられないおくりもの】
『わすれられないおくりもの』は、実家の本棚にいまも並んでいる。
むかし読んだときは、なんて悲しい話なんだろうと思うだけだったけれど、いま振り返ってみると、それだけではない深い想いが込められているように思えてならない。
この絵本は、ひとりの人が死ぬということについての大事なことを、素敵でわかりやすい言葉で伝えてくれている。
たかだか4半世紀生きただけで、しかもまだ医師にもなっていないタマゴ状態のわたしが、あれこれと言葉をこねくり回しても「生きることと死ぬこと」について言うことに説得力ははっきり言ってあまりない。だけど、この絵本には心に染み入ってくる何かがあるのだ。
生きること、死ぬこと。死ぬことは、この絵本のアナグマさんの言葉を借りれば「長いトンネルのむこうにいく」ことなのだと思う。長いトンネルのむこうに行ってしまって、すぐには会えないようになってしまったけれど、アナグマさんはみんなの心に思い出として残っている。アナグマさんとの楽しい思い出、それが森のみんなにとってわすれられないおくりものとなった――そのように「トンネルのむこうに」いけたら、どんなにかいいだろう。
もちろん、そのような死にかたをしたくない人もいると思うし、「どのように死ぬか」は人それぞれだ。
でも、冒頭のエントリで、なんちゃって救急医先生が
> 今現在の自分の生き方において、どんなものを自分の周りにのこしておきたいか、ということを自らでお気づきになるかもしれません。
とおっしゃるように、「どんなものを自分の周りにのこしておきたいか」ということと、「どんなふうにトンネルのむこうに行くか」ということを患者さんご自身が考えることのできるような環境づくりは、医療という立場から見ても、これから必要になってくるのではないだろうかと思う。
「日々是よろず救急」のエントリでは、「お看取り」についても触れられている。実は、わたしも患者さんを見送った経験が1度だけあり、そのときのことを思い出した。「苦しかっただろうけれど、一度も死にたいとは言わなかったんですよ」とおっしゃるご家族の顔がおだやかだったのが、いまでも印象に残っている。
生きることへの意欲を失わず、でも最期のときを心おだやかに迎えることができないだろうか。「死ぬこと」から目をそらし、結果として自分の「生きること」からも目をそむけてきた結果が、最期のときに最悪の形となるような結末を迎えてしまうことがある、それはどうしようもないことなんだろうか?
2008.03.17 | Bookshelf: 本棚
人間、いつかは死ぬ。
それは明日かもしれないし、60年後かもしれない。
でも、いずれきっとその日がくる。
少し前、実家に帰ったとき、「25歳まで無事に生きてこれてよかった。でも、これから交通事故や過労なんかで、いつあの世に逝ってしまうかわからへん。そんなとき、絶対に延命治療はせんといてや」と両親と軽〜く話をしてきた。両親も50歳前後で、「延命治療だけはやめてや」と父が言い、「それはいややわ」と母も。
両親はどちらも大好きな人たちだけど、だからこそ「死ぬな」とはわたしは言えない。「いつまでも元気であってほしい」とはごく自然にそう思うけれど、いずれはあちらに行ってしまうのが世の理。下手をすると、自分が先に逝くかもしれない。できる限り先立つのは避けたいし、そのつもりでいるけれど、人生には何があるかわからないから。
それに、祖母は両方とも健在だが、祖父はどちらも彼岸の住人になって久しい。実家で飼っていた、小さな生きものたちも死んでしまった。
そういうことや病院で出会った患者さんのことを思い出したり、毎日のように人の死の流れるニュースを見ていると、死について「ああ、他人ごとではないのだ」と思う。
「いま」死ぬのは怖い。いまは、やりたいことがあるから死にたくない。でも、いつ死んでもおかしくない。この日本でさえ、わたしより若い人や同世代の人がほぼ毎日のように死んでいる、という現実がある。
わたしは仏教でも他のどの宗教にも属していないけれど無神論者ではなく、仏教や宗教の土壌には身近に接しているほうだと思う。キリスト教には詳しくないが、目に見えるもの、耳に聞こえるものなど、つまりは五感を通して「わたし」に何かが入ってくるというところに、神であるとか人知を超えたなにものかの存在を感じることもある。
それで、ときどきこんなことを考える。
「四苦八苦」という言葉は、元をたどれば仏教の言葉だ。
四苦は「生」「老」「病」「死」の苦しみ。生きること、老いること、病むこと、死ぬこと。八苦は「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」、それぞれに、愛する人と別れる苦しみ、憎む人と会ってしまう苦しみ、求めても得られない苦しみ、肉体に宿る煩悩(五蘊)が盛んであることの苦しみ。
そう考えると、この世に生を享けて、あの世に逝ってしまう……ありていに言えば人間の生死にまつわるすべてのことは、「苦」なのだと仏教は教えるのだ。まさに、生きることと死ぬことにわたしたちは四苦八苦する。そして、その苦しい「人界(人間の世の中)」を含めた輪廻転生の輪から解脱して、悟りを開いて仏の世界に入る。それが仏教の究極の目的である、とわたしは思っている。
いまの医療で難しいのは、ここの「苦」からの解脱の過程をサポートすること、すなわち人間の魂を生きることと死ぬことの苦しみから開放することではないだろうか。
医療の理想とされている「全人的な医療」が、「肉体的(フィジカル)」「精神的(メンタル)」「霊的(スピリチュアル)」の面からトータルでその人をケアする、ということである。しかし、宗教というものが形だけになりがちな現代の日本において、「霊的なケア」というのは難しいように思える(ここで「霊」というのは、幽霊の霊ではなく、「魂」というものだととらえたほうが近い)。
けれども、いまスピリチュアル・ブームで江原さんのような人が出てきたり、ナチュラルな自然志向になったりしているのは、どこか心の奥底で「霊的な癒し」というものを日本の人たちが求めているのではないだろうか。その方向性が少しおかしな方向に行っているように思えるときはあるが、いま必要なのは「魂の救済」という、いわば宗教本来の役割なのかもしれない。
すこし話が変わるけれど、80代になるようなご高齢の方が救急車で運ばれたが、受け入れる病院が見つからなくて結局亡くなってしまう、というニュースを最近見かけた。
「たらいまわし」と報道される、そういったニュースのほとんどは、病院が無碍に断っているのではなくて、本当に人手もベッドもないため断らざるを得ないというのが実情である。
ともかく、そういった残念なことがあった。
そこで、そういったことを少しでも減らすにはどうすればいいのだろうか。いまの医療資源(人手であるとかベッド数)でこれを解決するのは、とても難しい。増やそうと思って増えるものではないし、救急医療の現場の劣悪な労働環境から、救急をやめるという病院も多く出ている。
だから、これについての答えをわたしは持っていないし、一朝一夕に答えの出る問題でもないと思う。親子の情であるとかいろいろなしがらみであるとか、そういう問題も関わってくるからややこしい。
ただ、普段から「どう死にたいのか、どう死ぬことによって自分の魂は癒されるのか」ということを家族と少しでも話をしておいたほうがいいのかもしれない、と思う。
たとえば80代や90代のおばあちゃんが、いよいよいけなくなってこれはもうだめだ、となったときに、「まだまだ病院で診てもらえばいける」と思って救急車を呼ぶのか、「ああもう、あの世からお迎えがきているんだから、静かにうちでみとろう」とそのままにするのか。
そこは、生きているうちにできるのではないだろうか。そしていま、欠けているのはそういった「いつか死ぬ」「だれでも病気になる」「病気になって病院に来て、それで(残念なことに)すべてが良くなるわけではない」という、言ってみれば当たり前のことを考えること、生きることと死ぬことについて考えることではないだろうか。
やっぱり少しの可能性にかけて延命治療をしたい、する。という選択枝も、もちろんある。そこで最善を尽くして、人が「いきる」手助けをするのが医療だとも思う。
同時に、「死ぬ」ということの手助けができるのも医療だと思う。安楽死ということではなく、「最期を迎える」ということを医学的な見地からサポートしていくことができるという意味で。
また、最善を尽くしても、それでも人は死んでしまうことがあるのだ。
逆説的に。人はいつか死ぬというのがわかっているから、いまを生きることができるし、いまをどう生きたいかというのを考えていくヒントは案外「死ぬことを考える」というところにあるのではないだろうかとも思う。
生と死についてなにか書くとき、宗教についてのことは避けられない。とても難しいトピックスなので、自分でもまだよくわかっていないところが多いと思う。でも、いまこんなことを考えているということを残しておきたくて、ここに書きとめておくことにした。
それは明日かもしれないし、60年後かもしれない。
でも、いずれきっとその日がくる。
少し前、実家に帰ったとき、「25歳まで無事に生きてこれてよかった。でも、これから交通事故や過労なんかで、いつあの世に逝ってしまうかわからへん。そんなとき、絶対に延命治療はせんといてや」と両親と軽〜く話をしてきた。両親も50歳前後で、「延命治療だけはやめてや」と父が言い、「それはいややわ」と母も。
両親はどちらも大好きな人たちだけど、だからこそ「死ぬな」とはわたしは言えない。「いつまでも元気であってほしい」とはごく自然にそう思うけれど、いずれはあちらに行ってしまうのが世の理。下手をすると、自分が先に逝くかもしれない。できる限り先立つのは避けたいし、そのつもりでいるけれど、人生には何があるかわからないから。
それに、祖母は両方とも健在だが、祖父はどちらも彼岸の住人になって久しい。実家で飼っていた、小さな生きものたちも死んでしまった。
そういうことや病院で出会った患者さんのことを思い出したり、毎日のように人の死の流れるニュースを見ていると、死について「ああ、他人ごとではないのだ」と思う。
「いま」死ぬのは怖い。いまは、やりたいことがあるから死にたくない。でも、いつ死んでもおかしくない。この日本でさえ、わたしより若い人や同世代の人がほぼ毎日のように死んでいる、という現実がある。
わたしは仏教でも他のどの宗教にも属していないけれど無神論者ではなく、仏教や宗教の土壌には身近に接しているほうだと思う。キリスト教には詳しくないが、目に見えるもの、耳に聞こえるものなど、つまりは五感を通して「わたし」に何かが入ってくるというところに、神であるとか人知を超えたなにものかの存在を感じることもある。
それで、ときどきこんなことを考える。
「四苦八苦」という言葉は、元をたどれば仏教の言葉だ。
四苦は「生」「老」「病」「死」の苦しみ。生きること、老いること、病むこと、死ぬこと。八苦は「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」、それぞれに、愛する人と別れる苦しみ、憎む人と会ってしまう苦しみ、求めても得られない苦しみ、肉体に宿る煩悩(五蘊)が盛んであることの苦しみ。
そう考えると、この世に生を享けて、あの世に逝ってしまう……ありていに言えば人間の生死にまつわるすべてのことは、「苦」なのだと仏教は教えるのだ。まさに、生きることと死ぬことにわたしたちは四苦八苦する。そして、その苦しい「人界(人間の世の中)」を含めた輪廻転生の輪から解脱して、悟りを開いて仏の世界に入る。それが仏教の究極の目的である、とわたしは思っている。
いまの医療で難しいのは、ここの「苦」からの解脱の過程をサポートすること、すなわち人間の魂を生きることと死ぬことの苦しみから開放することではないだろうか。
医療の理想とされている「全人的な医療」が、「肉体的(フィジカル)」「精神的(メンタル)」「霊的(スピリチュアル)」の面からトータルでその人をケアする、ということである。しかし、宗教というものが形だけになりがちな現代の日本において、「霊的なケア」というのは難しいように思える(ここで「霊」というのは、幽霊の霊ではなく、「魂」というものだととらえたほうが近い)。
けれども、いまスピリチュアル・ブームで江原さんのような人が出てきたり、ナチュラルな自然志向になったりしているのは、どこか心の奥底で「霊的な癒し」というものを日本の人たちが求めているのではないだろうか。その方向性が少しおかしな方向に行っているように思えるときはあるが、いま必要なのは「魂の救済」という、いわば宗教本来の役割なのかもしれない。
すこし話が変わるけれど、80代になるようなご高齢の方が救急車で運ばれたが、受け入れる病院が見つからなくて結局亡くなってしまう、というニュースを最近見かけた。
「たらいまわし」と報道される、そういったニュースのほとんどは、病院が無碍に断っているのではなくて、本当に人手もベッドもないため断らざるを得ないというのが実情である。
ともかく、そういった残念なことがあった。
そこで、そういったことを少しでも減らすにはどうすればいいのだろうか。いまの医療資源(人手であるとかベッド数)でこれを解決するのは、とても難しい。増やそうと思って増えるものではないし、救急医療の現場の劣悪な労働環境から、救急をやめるという病院も多く出ている。
だから、これについての答えをわたしは持っていないし、一朝一夕に答えの出る問題でもないと思う。親子の情であるとかいろいろなしがらみであるとか、そういう問題も関わってくるからややこしい。
ただ、普段から「どう死にたいのか、どう死ぬことによって自分の魂は癒されるのか」ということを家族と少しでも話をしておいたほうがいいのかもしれない、と思う。
たとえば80代や90代のおばあちゃんが、いよいよいけなくなってこれはもうだめだ、となったときに、「まだまだ病院で診てもらえばいける」と思って救急車を呼ぶのか、「ああもう、あの世からお迎えがきているんだから、静かにうちでみとろう」とそのままにするのか。
そこは、生きているうちにできるのではないだろうか。そしていま、欠けているのはそういった「いつか死ぬ」「だれでも病気になる」「病気になって病院に来て、それで(残念なことに)すべてが良くなるわけではない」という、言ってみれば当たり前のことを考えること、生きることと死ぬことについて考えることではないだろうか。
やっぱり少しの可能性にかけて延命治療をしたい、する。という選択枝も、もちろんある。そこで最善を尽くして、人が「いきる」手助けをするのが医療だとも思う。
同時に、「死ぬ」ということの手助けができるのも医療だと思う。安楽死ということではなく、「最期を迎える」ということを医学的な見地からサポートしていくことができるという意味で。
また、最善を尽くしても、それでも人は死んでしまうことがあるのだ。
逆説的に。人はいつか死ぬというのがわかっているから、いまを生きることができるし、いまをどう生きたいかというのを考えていくヒントは案外「死ぬことを考える」というところにあるのではないだろうかとも思う。
生と死についてなにか書くとき、宗教についてのことは避けられない。とても難しいトピックスなので、自分でもまだよくわかっていないところが多いと思う。でも、いまこんなことを考えているということを残しておきたくて、ここに書きとめておくことにした。
2008.03.16 | Scrap: 雑記

恋愛って、なんでこんなにまどろっこしいんだろう。
一種の才能というか、向き不向きは絶対あると思う。
そして向いているかいないかで言えば、自分にはあんまり向いていないような気がしている。どろどろした愛憎劇、ましてや浮気なんかとは、できる限り縁のないところにいたい。というより、浮気をするだけのエネルギーもない、というのが自分の実情かもしれない。
だから、「銀行に行ってくる」と称して浮気にいそしむ中野さんなんかを見ていると、ただ「よくやるなあ」と感心するばかりだ。感心してどうする、という話だが、本当にどこからそんなエネルギーがわいてくるんだろう。わたしなんて、浮気することを考えただけで疲れるというのに。
「古道具 中野商店」は、骨董やアンティークというほど古くはなく、でも新品でもない、ほどよく古くさい(よく言えばレトロな)商品を扱うお店だ。
現代から見ると、ほんの少し変わった商品。そんなものたちがごった煮状態になって、お店にあふれている。そして中野商店とそのまわりの面々は、店主・中野さんをはじめ、中野さんのお姉さん・マサヨさん、バイトの「わたし」ことヒトミちゃんとタケオ、といった主だった人だけ抜き出してみても、微妙にどっかズレた人たちが集まっていておもしろい。
わたしには一生かかっても理解できなさそうな恋愛話が書かれていたりするわりに、なんだか親しみを感じてしまうのは、この「微妙なズレ感」のおかげかな、とふと思った。いや、自分がズレているかどうかという話ではなく、ふとした瞬間の心のささくれ・ズレなどが妙にリアルで。
「あー!いらいらする!」と何度も頭の中で思ったはずなのに、最後は心にすとん、と落ちる感じがした。
2008.03.12 | Bookshelf: 本棚




